短編【出し尽くしても出し尽くしても】小説
二年ぶりのデートだ。
そんな事を思ったら、あのコは怒るかな。
畠山きみえは、ふふと笑ってアイスコーヒーを飲んだ。
ふと、店のガラス越しに外を見た畠山きみえは呼吸の仕方を忘れるほど驚いた。
死んだはずのあのコが外を歩いていたからだ。
「すみません、畠山さん。ちょっと遅れましたあ!」
畠山は【かふぇ サラスヴァティー】の壁掛け時計を見る。
11時18分。
待ち合わせの時間より12分も早い。
やって来たのは【にじいろ移動動物園】で畠山きみえと一緒に働いている同僚、綾部美香だ。
「ぜんぜん遅れてないよ」
「あれ?アイスコーヒーですか?」
「うん」
「寒くないですか?今日」
「熱いの苦手なの。猫舌」
綾部美香が【にじいろ移動動物園】に入社して一年が過ぎた。
あと一ヶ月も経てば恋人たちの季節だ。
女性職員は畠山きみえと綾部美香の二人だけで、ずいぶん前から一緒にランチをしようと言っていたのだが、一年経ってようやく実現した。
畠山はバターチキンカレーとチャパティを綾部はローガン・ジュシュを食べている。
【かふぇ サラスヴァティー】は名前の通りインド料理がメインの店で、店内にはお香とスパイスの匂いが調和して、なんだか浄化されたような気持ちになる。
お昼ご飯を食べながらの話は動物たちのこと、職場のこと、それぞれのちょっとしたプライベート、そして恋愛に移る。
「畠山さんは彼氏は居ないんですか?」
「お、なに?いきなり、そんな質問。て、ことは綾部さんはいるんだな。お姉さんが聞いてあげよう」
「いやいや、私のことは」
「人に質問するのは自分が話したいからって言うじゃん」
「いやいや。私はいないんで。畠山さんはいないんですか?」
「んーーー」
「あ、いますね?その反応は」
「二年前に居たんだけどね。死んじゃった。癌で」
「…なんか…すみません」
「ってなるよねー。ぜんぜん平気。だって、もう二年だもん」
「まだ、その人の事を想っているんですね」
そう言うと綾部は、申し訳なさそうな顔をして残りのローガン・ジュシュの肉を口いっぱい頬張った。
口が小さいくせに口いっぱい頬張る食べ方が、あのコに似ているなと畠山は思った。
そう思うと、目の前にいる綾部美香の事を畠山きみえは、すごく愛おしく感じた。
あのコと綾部さんは性格が全然違う。
あのコと綾部さんは顔の雰囲気も全然違う。
あのコと綾部さんは服装も物の考え方も全然違う。
だけど背格好と食べ方がそっくりだ。
畠山はそう思った。
なんだかデートしているみたい。
二年ぶりのデートだ。
そんな事を思ったら、あのコは怒るかな。
畠山きみえは、ふふと笑ってアイスコーヒーを飲んだ。
ふと、店のガラス越しに外を見た畠山きみえは呼吸の仕方を忘れるほど驚いた。
死んだはずのあのコが歩いていたからだ。
「ん?畠山さん?どうしました?」
ローガン・ジョシュの肉の塊りを味わい終えた綾部が、一点を見つめて硬直している畠山に声をかけた。
畠山が見つめているのは綾部の後側、【かふぇ サラスヴァティー】のガラス張りの入り口付近だ。
「大丈夫ですか?」
「ん?うん。ごめん、ちょっと知り合いに似た人が通りかかったから」
似ているどころじゃない。
生写しだった。
双子じゃないと説明ができないくらい。
でも、あのコが双子だったなんて聞いたことはない。
きっと、私に浮気心が出ちゃったから出て来ちゃったんだ。
それなら私、本当に浮気心しちゃうよ…杏奈。
畠山は、もう十分に冷めたバターチキンカレーをがつがつ頬張った。
咽せたふりをして涙を誤魔化した。
あんなに出し尽くしたのに、まだ出るんだ。
畠山きみえは、そう思った。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
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