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短編【蘇った猫】小説
「どうします?これ・・・」
「どうしますって・・・。お前がちゃんと持たないからこうなったンだぞ!」
「ええ!何言ってんすか!先輩がドンドン進むからでしょ!」
「何をぉぉぉぉぉ!」
ヤツとパートナーを組んだ時からいやーな予感がしていた。ヤツの体重は俺より23キロも少ない54キロ。こんなもやし野郎に勤まるほど引越し屋は楽な仕事じゃない
いやーな予感はずばり当たった。二人で箪笥を運んでいる時に、手が滑ったのか腕が疲れたのか、突然ヤツは箪笥から手を放しやがった。箪笥は荷物が入ったダンボールの上に落ちた。狭い部屋だったから、ダンボールを片付けないで作業をしていた。そのお陰で箪笥はダンボール箱の上の落ちて無傷だった。だけど、潰されたダンボールの中には・・・。
その中には、何故か猫が入っていた!猫は落ちてきた箪笥で全身を強く打ったらしく全く動かない。
「とにかく、この猫をどうにかしましょう!」
「どうにかって、どうすんだよ!」
「僕の知り合いにペットショップ経営者がいるんです!この猫と似た猫がいるかも知れない!僕、探してきます!」
そう言って、もやし野郎は猫の死体をビニール袋に乱雑に入れて出て行った。それから二時間経つ。それきりヤツは戻ってこない。まさか!逃げやがったのか!あんかヤツを信じて呑気に待っていた自分に腹が立つ!
俺はヤツの連絡先を見つけ出そうと携帯電話を手に取った。先ずは会社に電話して、そしてヤツの電話番号を聞き出して。いや、待て!会社になんて説明する!?と一人で慌てふためいていると奴は帰ってきた!ヤツの腕の中には、つぶれた猫とそっくりな猫がおどけた目で俺を見ている。
「先輩!いました!奇跡的に!」
「おお!そっくりじゃないか!」
「はい!12万しましたけど…割り勘で一人6万です」
「6万!いやいや!元はと言えばお前が!」
「ただいまぉ」
言い合ってるうちに家主が帰ってきた。ヤバい!まだ引っ越し作業が終わっていない!
「あら?まだ終わってないの?半分しか片付いてないじゃない。なにやってんのよ。…何よその猫。まーた勝手に人に家に入っちゃったのね」
「え?勝手に?」
「一度餌をあげたもんだから勝手に入っちゃって。部屋のあちこちで寝ちゃうのよ、その猫。逃がしてやって」
にゃあ。と猫は一声鳴いてあくびをした。
『蘇った猫』 作・丸鬼戸左道。
掌編小説を書き下ろした丸鬼戸左道は、とくに推敲もせずに文章データを日刊ウェブタウン誌『えんじょいCAN-TOO』の編集部に送った。
丸鬼戸左道は六年前に小説『迦楼羅坂怪異譚』で新人賞を取り作家として世に出たが、鳴かず飛ばず産まず食えずの日々を送っていた。
レビュー作『迦楼羅坂怪異譚』の担当編集者だった吉住晶が独立してウェブタウン誌を立ち上げ、そのおこぼれで文章を書かせてもらっている状態だ。もちろん、それでは口に糊することも出来ず普段はゴミ収集のバイトをしている。
書き上げたばかりの掌編小説『蘇った猫』のデータを送って五分もしないうちに編集部から電話があった。丸鬼戸は嫌な予感がした。送った小説を褒めるために電話なんか寄越しはしない。何の電話なのか丸鬼戸は、おおよその見当はついている。
鳴っている携帯電話を丸鬼戸はしばらく見つめていたが、いつまでも出ない訳にはいかない。
「はい。丸鬼戸です」
「あ!先生!いつも締め切り前にありがとうございます!小宮です!小説読みました。面白かったです。ですが」
ほら来た。猫のことだろ。と丸鬼戸は察する。
「猫なんですけど、あの、これ、箪笥の下敷きになって死んじゃった、って事ですよね」
そうだよ。どうせコンプライアンス的にアウトとか言うんだろ。と丸鬼戸は先読む。
「そうですけど」
「いやあ、これは、ちょっとコンプラ的に」
ほらきた。小説の話だろ!虚構の物語だよ!そんな事でいちいち文句を言ってくるリテラシーの低い奴らと戦うのも編集者の使命じゃないのか?なんて事は丸鬼戸は言わない。
「え、書き直しですか?」
「いや、書き直しって言うか…。締め切りまで、あと一週間あるんで、もうちょっと、なんとか」
担当編集者の小宮は、書き直せと言う言葉を一言も言わずに書き直しをニュアンスだけで要求して電話を切った。編集長の吉住さんは絶対にそんな事をしない。と丸鬼戸は思ったが、案外、吉住さんの命令かもしれないと思い直す。
変わったな、吉住さん。
丸鬼戸左道は、再びパソコンを立ち上げた。掌編小説『蘇った猫』のラストに一行だけ加筆する。これでまた文句を言ってきたら、もう『えんじょいCAN-TOO』に寄稿するのはやめよう。丸鬼戸は自暴自棄にそう思った。大した作家でもないのにプライドだけが歪に肥大してゆく。
「あら?まだ終わってないの?半分しか片付いてないじゃない。なにやってんのよ。…何よその猫。まーた勝手に人に家に入っちゃったのね」
「え?勝手に?」
「一度餌をあげたもんだから勝手に入っちゃって。部屋のあちこちで寝ちゃうのよ、その猫。逃がしてやって」
にゃあ。と猫は一声鳴いてあくびをした。
※つぶれた猫はスタッフが美味しく頂きました。
『蘇った猫』 作・丸鬼戸左道。
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