短編【スクランブル】小説
まさか、こんな事が起こるなんて。
それを偶然と呼ぶにはあまりにも出来すぎている。
二日前に突然、歯が痛み出しアパートの近くの歯医者に行った。
そこの受付に大河内美和がいた。
会ってはならない女だった。
ニ年前、雨の中でうずくまっている女がいた。
それが大河内美和だった。
何があったのかは知らないが、美和は死にたい死にたいと呟いていた。
女を介抱した俺は、なし崩し的にホテルに行っしまった。
一度きりの関係のつもりだった。
ところがしばらく経って美和は俺の周りに現れ始めた。
正直、俺は女を作る気は微塵もなかった。
だから邪険に扱った。
作る気がないというよりも作る資格がないと言った方がいいのかもしれない。
俺の生活は写真と、その写真を撮るための資金を稼ぐバイト。
それだけだった。
そこに女が入り込むという煩わしさを避けたかった。
しかし美和は、どうやって調べたのか俺のアパートを突き止め、そこにも現れるようになった。
俺が女だったなら直ぐに警察に突き出しただろう。
だけど男の俺にはそれが出来なかった。
ストーカー程度で騒ぐのは男として情けない気がしたからだ。
美和が俺の周りに現れる。
その程度ならなんとも思わない。
しかし、美和が俺の妹を騙って俺が留守の時にアパートに忍び込もうとしたと知り事態は深刻になった。
アパートの大家からの連絡があり俺が妹に確認をとったので、それは未然に防げた。
だが面倒な事になった。
俺は三ヶ月に一度の頻度で写真を撮るために海外遠征に出る。
その間に美和が妙な事をしないだろうか。
その事が、頭の片隅に常にあった。
俺はその頃、葬儀屋で働いている知人のツテで暫くそこでバイトをしていた。
葬儀屋のバイトといっても主な仕事は駐車場の誘導だった。
問題と解答は常に一対で出題されるものだ。
解答のない問題なんて無いし、問題のない解答は尚更あり得ない。
その葬儀場の駐車場でストーカー問題の解答と俺は出会った。
その日、高校時代の同級生、大葉陽一の母の葬儀だった。
数年ぶりに俺は大葉に会った。
同じ写真部だった俺たちは葬儀の数日後、再び会って飲み語った。
そこで大葉が大学受験に二度も失敗した話やネットビジネス詐欺に会った話などを聞いた。
アイツもアイツで苦労しているのだなと思った。
だからという訳ではないが、俺はストーカーに悩まされている事を打ち明けた。
その日から二ヶ月も経たない内にストーカー問題は解決した。
どんな問題でも、解決するときは意外とあっさり解決するもんだ。
大葉に紹介してもらった弁護士の力添えで、美和は俺の半径100メートル以内に近づいてはならないことになったのだ。
法が俺を守ってくれた。
ところが、その大河内美和が目の前にいる。
まさか引っ越し先の近くの歯医者にいるなんて。
そこで、受付をしているなんて。
サージカルマスクで顔の下半分は隠れてはいるが、間違いなく、あの女だ。
「ご予約ですか?」
「はい。十三時に。山川です」
昨日、本名で電話予約したのだから偽名を使うことは出来ない。
俺は、勤めて冷静に気づいていない素振りをした。
「あ、あの。向こうのソファで、お待ちください。あの、お声がけしますので」
「はい」
反対に大河内美和はわずかに動揺しているように見えた。
不味い。気づいたのか。
俺は促されままにソファに座った。
そしてそっと、何となく前方をぼんやり見ているふりをしながら眼の端で受付を伺った。
大河内美和はずっとこっちを見ていた。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
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