見出し画像

短編【僕と一緒に】小説

人生の物語を書いている者がいて、その者を神と呼ぶのなら、私は私の人生を書いている神を呪う。なぜ、こんな人生をえがくのか。面白いからという理由で人を簡単に不幸にする神を私は呪う。人を簡単に殺す神を呪う。

全身を強く打った私はもうすぐ死ぬ。名も知らない男と一緒に。


私の何が悪いのか。まったくもって分からない。ただ私は、あの人を好きになっただけ。私の純愛に不倫と名付けて、あの人の妻と名乗る女が私を責め立てた。私より先にあの人に出会った、ただそれだけの女に私は負けた。

きっと、あの人は私を選んでくれる。そう信じていた。私の事を愛してるとあの人は言った。何度も甘い言葉で私を抱いた。なのに、捨てられたのは私の方だった。

最初の人に捨てられた私は、雨の中、死にたい死にたいと泣いていた。そんな私に優しい言葉をかけてくれたのが山下やましたひろしだった。ひろしは冷たい雨の中から私を救い出して温かい腕で抱いてくれた。

私の何が悪いのか。まったくもって分からない。ただ私は、あの男を好きになっただけ。私の純愛にストーカーと名付けて、弁護士と名乗る者が私を追いやった。

たった一夜の温もりが忘れられなかった。ひろしの財布からそっと抜き取った名刺をたよりに私はひろしの居場所をつきとめた。

その純愛を、あの男はストーカーと呼んだ。そして、私の知らない間に裁判になり、私はひろしの半径100メートル以内に近づいてはならないという事になった。

その日から、私は人を愛するのをやめた。私の純愛は不倫だとなじられ、ストーカーだと蔑まされた。

程なくして私の事を愛していると言う三人目の男が現れた。私の事を愛してくれるのなら誰でもよかった。私はその男と結婚する事に決めた。

結婚式の一週間前に私は独身最後のパーティを高校時代の仲間達が開いてくれた。その帰りの夜の駅で、お酒に酔った私は女子高生にぶつかった。ぶつかった女子高生は線路に落ちて電車に轢かれて命が消えた。

縁談も消えた。何をやっても上手くいかない人生。神がいるとするならば、どうしてこんな下らない物語を紡ぐのか。そんなに人の不幸が面白いのか。

あの事故から二年後、私は再び山下やましたひろしに会った。あの男の方から私の半径100メートルに近づいてきた。あの男は私に気づいていなかった。だから今度はしっかりと悪意を持ってあの男にまとわりついた。

山下やましたひろしの半径100メートルに近づいてはいけない。御大層な身分だ。法でそう決まってしまったけれど、そんなのは関係ない。だってあの男が勝手に私の制空圏に入ってきたのだから。

神が私の人生を面白い可笑しく書くのなら自分から不幸になってやろうと私は思った。


「本当に死ぬから」
百通の超えるTwitterのダイレクトメッセージを山下やましたひろしに送信した直後、ひろしは私をブロックした。

そうか。本当に死んでもいいって事か。今、私は十二階建ての市営住宅の屋上の塀に座り両足を宙に浮かせている。足裏から下のコンクリート面まで三十メートルはある。地面は深夜三時の闇に溶けて見える。

その闇に溶けた地面を見ているうちに、私が飛び降りたところで、あの男が喜ぶだけだ。やめよう。と思った。

私の人生をおもしろ可笑しく書いている奴も残念がるだろう。だから私は死なない事にした。

「すみません。ちょっといいですか?」
「え?」
「間違っていたらごめんなさい。もしかして、今から、飛び降り自殺をするんですか?ああ、勘違いしないで下さい。僕は、自殺を止める気はないんです。ただ、確認がしたかったんです。自殺、ですか?」
「ええ、でも」
「そうですか!ああ、良かった、実は自殺をしそうな人を探してたんですよ。そしたら、ここの屋上で物悲しげな貴女を見かけて、急いで上がって来たんです。実は僕、自殺場所を探していたんです」
「え?」
「どう思います?僕の顔」
「顔?」
「ぶっさいくでしょ?頭はデカイし、短足だし。こんな見てくれですから、勿論彼女もいませんよ。何か文句でもありますか!!」
「い、いいえ」
「当然、童貞ですよ!42で童貞ですよ!何か文句でもありますか!聞いてくださいよぉ!聞いてくださいよぉ!僕の人生最後の夢をぉ!聞いてくださいよぉ!僕はねぇ、僕はねぇ、女の人と心中して、こんな僕でもちゃんと恋愛してたんだって、僕を馬鹿にしてた奴等に見せつけてやりたいんですよぉぉ!だからねぇ!毎日毎日自殺しそうな女の人を探してたんですよぉぉ!そしたら、こんな美人と出会えるなんて!一緒に死ねるなんて」
「ちょ、待ってよ、何を」
「じゃ、一緒に飛び降りましょう」

そう捲し立てて男は私を突き落とした。落ちながら私は、私を追いかけるように飛び降りた男を見た。落ちてくる男の笑顔を見た。


私とこの気狂いの死体を見た世間は、この男と私の在らぬ関係を憶測するだろう。それが悔しい。

せっかく死ぬのを思いとどまったのに、こんな強引な展開があるだろうか。私の物語を書いている奴は血に飢えている。

人生の物語を書いている者がいて、その者を神と呼ぶのなら、私は私の人生を書いている神を。

呪う。

⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

俺だけの罪

スクランブル

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?