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短編【拝啓、清涼院流水様】小説

私は妻を愛している。
だが、だからといって妻に対して秘密が全く無いわけではない。

その秘密。
誰にも決して言ってはならない秘密の源流は十八年前に遡る。
十八年前、私は十六歳で清涼院せいりょういん流水りゅうすいという作家の作品に出会った。

それは角川書店から発売された『キャラねっと:愛$探偵の事件簿』というノベルス本だ。
その時、清涼院せいりょういん流水りゅうすいと言う、発音すると舌が心地よく回る作家名の本を何気なく買った。

今にして思えば、それが運命の出会いの幕開けだった。

その本の結末にはこう書いてあった。
【この物語は、ある仕掛けが施されています。その全貌は雑誌『ザ・スニーカー』2004年4月号に掲載された短編で明らかにされます】

仕掛けとは一体なんなんだ。
私はそれが知りたくなって雑誌『ザ・スニーカー4月号』を探した。
しかし時期は『ザ・スニーカー』の5月号が出る直前でどの本屋に行っても雑誌は無かった。

私は諦めきれず、高校一年生が移動できる範囲で『ザ・スニーカー4月号』を探し回った。
隣の町へ、隣の県へ。
だけど一週間後には5月号が発売されてしまい、私の探索の日々は終わった。

ところが半年後、たまたま寄ったブックオフでぽつんと本棚に収まっている『ザ・スニーカー4月号』を見つけた。
私はその『ザ・スニーカー4月号』の薄い背表紙を三秒ほどみつめて大声をあげて驚いたのを覚えている。
となりで『趣味の手芸』と言う雑誌を見ていた婦人も私の大声に驚いていた。

私はすぐに『ザ・スニーカー4月号』を購入した。
家に帰るまで待てずに、近くの公園で件の短編を読んだ。

その短編には、小説『キャラねっと』と雑誌『ザ・スニーカー4月号』を持って2022年2月22日午後2時22分に明治神宮の木像大鳥居の前に集合して短編の中で語られた、ある『合言葉』を伝えるとビックなプレゼントが貰える。
という様な事が書いていた。

ただし、この企画を誰かに漏らしたら失格。
ネットに情報が流れたら企画自体が中止。
とも。

壮大すぎる企画内容に私は震えた。

18年は長い。
その間、私は大学受験に二度失敗し、ネットビジネス詐欺に遭って150万の借金を作り、よい弁護士に巡り会って無事返済でき、その縁で司法書士の資格をとり、女手一つで僕を育ててくれた母が脳梗塞で他界し、その葬儀場で働いている高校の同級生に会い、彼がストーカー被害に遭っていることを知り弁護士を紹介し、その彼から自分の妹を紹介されて彼女と結婚をした。

本当に色々あった18年だった。

嬉しい事もあったけど辛い事も多かった。
どんなに辛くても、あの『合言葉』を胸に今まで生きてきた。
だけど、この企画は秘密の企画だ。
ネットのどこにも情報はない。
本当に行われるのか分からない。
期待と不安と不安と不安の18年だった。

そしてついに、2022年2月22日。
運命の日がやってきた。

愛する妻には内緒で私は明治神宮までやってきた。
午後2時。
そこには200人を超す人が集まっていた。
みんな手に『キャラねっと』と『ザ・スニーカー4月号』を持っている。

なんだか胸が熱くなった。
これだけの人が今日を信じて秘密を守ってやってきたのだ。
その証拠に情報は一切漏れてはいなかった。

他の人も、こんなに人が集まるのかと戸惑っていた。
だが同時に嬉しさに包まれてもいた。

ところが、あまりの騒動に明治神宮の宮司たちが困惑していた。

やがて時間になって清涼院せいりょういん流水りゅうすいさんが現れた。
ネットや雑誌で顔は知ってはいたけれど、生身の清涼院せいりょういん流水りゅうすいさんを見て思考に出来ない熱い感情が込み上げてきた。

流水りゅうすいさんは、あまりの人の集まりに当惑している様子だった。
そして流水りゅうすいさんは宮司に叱られ、そのまま秘密の会合はあっさり解散となった。

後で知った事だが、この時、明治神宮の宮司たちはこの集まりがテロだと思っていたらしい。

突然の解散だったけど集まった人たちから抗議の声は出なかった。
みんな、何かを成し遂げた何とも言えない達成感でいっぱいだった。
この想い自体が清涼院せいりょういん流水りゅうすい氏からのプレゼントだと思った。


さあ。帰ろうか。
18年間、おつかれ様。
みんな、本当にお疲れ様。
そして清涼院せいりょういん流水りゅうすい様。
素敵な18年間をありがとうございました。

私は明治神宮を後にしようと振り返った。

そこには小説『キャラねっと』と雑誌『ザ・スニーカー4月号』を胸に抱いて驚き顔で立ち尽くしている妻がいた。


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※この話の元ネタは、山田享楽さんのFacebook記事から。
ネタの提供、ありがとうございました^_^

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