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【短編小説】ジューンブライド

 青空の下、暖かな日差しが降り注ぐ。
 風はおだやかで、わずかに頬をなでる。
 新郎と新婦は手を取って、ゆっくりと奥の祭壇へと向かう。
 祭壇には大きな女神像があり、その手前に神父が待つ。
 参列者はヴァージンロードの左右に控え、暖かな拍手を二人を送る。

 教会式とは少しづつ違うこの挙式は、VR空間で行われていた。
 ジューンブライド。
 6月の花嫁。
 ヨーロッパの古い言い伝えで「6月に結婚する花嫁は幸せになれる」と言われるそれは、日本では生憎ながら梅雨の季節だ。

 6月に式を挙げたい花嫁と、晴れた屋外で式を挙げたい花婿。二人の相談の末にたどり着いたのが、このVR空間での挙式だった。
 元より、VRMMOで出会った二人だ。それならばゲーム仲間にも参列してもらえると、VR空間が選ばれたと聞いている。

 新郎を含め、参列しているゲーム仲間の半数は同じクランの所属だ。
 そこに後から加入してきたうちの一人が新婦だった。
 加入時には新婦の友人の女性も一緒だったが、お調子者の新郎と新婦が仲良くなるにつれて、友人の女性のログイン率は減っていったように思う。それとも逆だっただろうか。ログインの減った友人の代わりに、よくパーティーに誘っていた新郎に惹かれたのかもしれない。

 VR空間での挙式の準備は簡単ではなかったようだ。
 ゲーム仲間であれば、全員がVR用のヘッドセットを持っている。しかし、参列する親族や会社関係者にはヘッドセットを持っている方が少数派だ。
 親族の中でも、両親や兄弟にはヘッドセットをプレゼントして、セットアップを手伝い、それ以外の人には「VR用ヘッドセットを持っている方のみ」と案内したというが、それだけでは終わらなかった。直接の上司や面白がった社長も参加することになり、セットアップを手伝うことになったと聞いている。

 新郎新婦の二人が女神像の足元まで到達する。
 真っ白なタキシードと、真っ白なウェディングドレス。
 結婚式に相応しい衣装だ。
 この衣装も新郎新婦のアバターも、実はVRMMOのデータを利用したものだったりする。データの権利はVRMMOの運営にあるが、ゲーム外でも非営利の個人使用に限り認められている。コスプレよろしく、別のVR空間をゲームの格好でうろつく者も多い。
 VRMMOをやっていない親族や会社関係者は、テンプレのアバターに顔画像を張り付けたもので、人形が動いているような不気味さがある。
 神父が手を挙げると、拍手は鳴りやみ、静かに誓いの言葉が紡がれる。

 式場の用意にも随分と手間がかかったと聞いている。
 サーバーはクラウドで借りても、そこに構築する空間データは別だ。
 ジューンブライドの由来となった女神ユーノーの像を中心に、古代ローマ神殿のような柱が並んだ式場。
 この式場は、ピッタリのものがなかったと、モデラーに依頼して一から作成したものらしい。

「それでハ、ユビーワの、交換デス」

 雰囲気作りなのか分からないが、片言の日本語に吹き出しそうになる。
 司会をしている神父役はどう見てもゲーム仲間で、普段はこってこての関西弁を話す。真剣な顔で片言の日本語を話す姿は、顔見知りだからこそ面白い。参列者の大半は神父役の彼のことを知らないはずだが、神父らしく見えているのか気になって仕方ない。
 新郎が肩を震わせて笑いをこらえているのも、見間違えではないだろう。むしろ、片言なのはお調子者の新郎の指示という可能性もある。

 なんとか吹き出さずに乗り切れば式も終盤。
 新郎と新婦が連れ立って、女神像を背に、再びヴァージンロードを歩き出す。
 参列者は神父の指示で立ち上がり、拍手をもって送る。
 ライスシャワーやブーケトスといった演出が行われることもなく、拍手に囲まれて歩いていく。新郎の普段の態度から考えれば、イベントは盛っていくかと思った。何もせずに退場するのは、新婦の意見だろうか。
 ぼんやりと考えながら新郎新婦を見送る。

 しかし、退出直前で、二人の足が止まった。
 振り返った新郎が言う。

「私たちの結婚式にご参加下さりありがとうございます。続いて披露宴を執り行います」

 新郎新婦の二人が両手を空高く挙げる。
 空から大量の白い花びらが降り注ぐ。
 視界が一面、白い花びらに覆われる。

 花びらがなくなったとき、式場の姿は一変していた。
 参列者が座っていた長椅子はなく、丸いテーブルに数々の料理。立っていた位置も変わり、それぞれの席に移動していた。同じテーブルについているのは、ゲーム仲間ばかりで全員が顔見知り。友人枠ということだろう。見ればついさっきまで神父役をしていた友人も同じテーブルについている。他には親族枠や会社枠でテーブルが分かれているだろうことは想像に難くない。

 VRらしい演出だ。
 リアルであれば、新郎新婦退場のあとは披露宴会場に移動して続きとなる。その間は移動時間やお色直しを含めて1時間程度の待ち時間があることが多い。その時間は参列者にとっては、ロビーで休憩したり喫茶店に入ったりと、意外と手持ち無沙汰な時間だ。
 VRであれば移動せずに会場を作り替えることも、移動そのものを一瞬で終わらせることも出来る。

 周囲の様子をうかがえば、静かなのはVRMMOで慣れている者ばかりのこのテーブルだけで、他のテーブルでは驚いた顔で周りの人と会話をしている。
 なるほど。ライスシャワーもブーケトスもなしにしたのは、この演出を際立たせるためだったか。何をすることもなく、後は退場だけとなれば、参列者としてはもう終わった気分になって気も緩むだろう。そこで会場を入れ替える演出。VRMMOではクエストなどでよくある演出だから、お調子者の新郎にしては控え目ではあるが、そのあたりは新婦と相談でもしたのだろう。

 ウェルカムドリンクから会食が始まり、今度は片言ではない司会者が新郎新婦の紹介を始める。
 テーブルに置かれている式次第によると、ゲストのスピーチや余興の後にキャンドルサービス、そして最後にケーキ入刀となっている。
 普通ならケーキ入刀は始めに持ってきて、切り分けたケーキを配るものだ。VRではケーキを無駄にしないとか考えなくて良いからか。盛り上がるイベントは最後に持ってくるようだ。

 親族代表とか会社の上司のスピーチは軽く聞き流す。こっちはあくまでゲーム仲間であって、リアルの生活に関わることはないからだ。
 食事の傍ら、同じテーブルの友人と雑談をして時が過ぎるのを待つ。
 聞き流しながらも、少しだけ耳に入ってきた感じでは、新郎も案外普通の社会人をやってるんだなと思った。

 そして最後のケーキ入刀。
 メニューからスクショの視点を調整している間に、ケーキの前には何人もの人が陣取り始める。わざわざ移動しなくても視点だけ変えれるのに、そこまでは教えれなかったか。
 新郎新婦が長剣を手にケーキの前に立つ。

「おいおい、いいのかよあれ」
「見るからにダメでしょ」

 新郎新婦が持っている剣は、新郎が普段から使っている剣だった。
 ケーキナイフではなく、VRMMOの剣だ。
 刀身に沿って数本の溝が彫られているその剣は、溝には常に毒が満ちているという設定の魔剣だった。切った相手に毒の継続ダメージを与えるため、長期戦では頼もしい剣だ。
 だが、断じてケーキを切って良い剣ではない。

「毒入りケーキw」

 VRMMOの外で毒の効果が適用されるとは思えないが、それでもフレーバーテキストに「溝から滴る毒は、敵の身の内から腐らせることだろう」なんて書いてある剣を使うのはアウトだろう。
 ゲームの剣を使うにしても、もっと穏便な店売りの剣にでもすればいいのに。

 ゲーム仲間の騒ぎをよそに、ケーキの前では撮影会が行われている。
 剣の効果知ってるよなと思いつつ新婦の顔を見る。新婦の笑顔が引きつって見えるのは気のせいだろうか。

 新郎新婦のことはさておいて、とりあえずスクショを撮る。
 記念品のようなものだ。ゲーム内のスクショと一緒に保存して、数年後、数十年後にもしかしたら見るかもしれないという記念品。一度も見ないまま電子の海に消えるのかもしれないが、そのときはそのとき、今撮らない理由にはならない。

 正面から、横から、剣をズームでと、視点を動かしてスクショを撮っていく。
 天井がないことを幸いに、高い位置から会場全体も収める。
 そうやっていろんな位置からスクショを撮っていると、不意に会場が暗くなった。どうしたのかと周りを見回せば、ついさっきまで晴れていた空を、真っ黒の雲が覆っていた。

「なんだ?」

 誰かが呟く。
 VR空間で突然のゲリラ豪雨なんてものはありえない。つまりこれは演出なのだろう。
 だが披露宴も終盤で何をしようとしているのかが分からない。目出度い席に暗雲は不要だろうに。
 見れば新婦も空を見上げている。もしかして、知らない演出なのかと心配になる。一方で新郎は、剣を一人で持ち笑いをこらえているようだ。

 間違いない。
 新郎の仕業だ。

 空からゴロゴロと音が鳴りだし、雲には稲光が走り始める。
 屋根のない会場は晴天を見上げる分には解放感があるが、真っ暗な空と稲光に覆われている今となっては、不安で押しつぶされそうだ。
 大急ぎで屋根の下に避難したいと思っても、見渡す限り、屋根もなければ隠れられる木々もない。

 そして、雲の中から稲光をまとって、それは現れた。
 空を走るようにして、それは会場の中央へと降り立つ。

「何者だ!」

 新郎が一歩前に出て誰何する。

「我は魔王。花嫁を貰い受けに来た」

 真っ暗な空の下。稲光に照らされての掛け合いは、まるで物語のようで。

「なんだあのハンペン」
「いや、豆腐だろ」
「でも『魔王』って書いてあるよ」

 白く四角い着ぐるみに手足が生えたそれのお腹には、黒い文字で『魔王』と書かれていた。

「お餅という可能性」
「冷奴食べたくなってきた」
「もうちょっとなんとかならなかったのかよ」
「モデリングの予算が尽きたとか言ってましたわ」

 ノリノリで自称魔王と舌戦を繰り広げる新郎の遥か後ろで、花嫁が頭を抱えている。この演出については相談されてなかったようだ。
 披露宴開始のときとは逆で、騒がしいのはこのテーブルだけだった。他のテーブルは静か、というか、何が起こっているのか分からないようなポカンとした顔が見える。

「我を倒しても第二、第三の魔王が……」

 周りを見ているうちに新郎と豆腐の戦いは終わったらしく、倒れた豆腐が消えていく。ログアウトだ。

「魔王よっわw」
「第二第三ってまだやんの?」
「お金貯めてから言ってたで。結婚記念日あたりとちゃうんかな」

 イベントも終わりなのか、豆腐のログアウトと共に空が晴れていく。
 満面の笑みを浮かべる新郎に、花嫁がそっと近づく。
 取り出したのはVRMMO内ではよく見慣れたもの。
 明るくなった空から差す日差しは、それに遮られ、一部にだけ届かない。

「あ」

花嫁の手により、巨大ハンマーが振り下ろされた。



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