見出し画像

短編小説「毎日この時間」

毎日、俺は公園のベンチに決まって座っている。

犬の散歩をする人、ジョギングする人。
皆それぞれが忙しそうに、でも、充実した時を過ごしているのだろう。

俺だけが、ここに座ったまま時間を無駄にしている。

昨日も一日中ここにいた。
おそらく明日も、ここにいるんだろう。

お金が必要なのに、アルバイトが続かない。

過去様々なアルバイトを経験してきたが、どれも手に付かない。
物覚えも悪い方だし、何より人間関係が苦手だ。


落ちた目線を少し上げると、少し遠くに茶色の毛をした大きい犬と目が合った。
その瞬間、その犬は飼い主のリードを引き離す勢いでこちらに駆け、その勢いのまま飛びついてきた。

『申し訳ございません』

飼い主のおじさんも慌てた様子で駆け寄ってきた。

「大丈夫ですよ」

俺は犬の頭を撫でていた。
柔らかい毛並みが指に心地よい。

犬は尻尾を振りながら、俺の顔を舐めようと必死だ。
思わず笑みがこぼれる。

飼い主も俺の様子に安心したのか、無理に引きはがそうとせず、ベンチ隣に腰掛けた。

『この子が人にこんな反応をするのは珍しいんですよ。人見知りでね』

「そうなんですか?」

犬は相変わらず俺の膝の上で落ち着いている。

『ええ、普段は警戒心が強くてね。あなたには何か特別なものを感じたんだろう』

その言葉に、胸が少し締め付けられる。
特別?俺が?

「いや、そんな...」

言葉が出ない。

『今日は、何かしていらっしゃったんですか?』

おじさんは気を遣ってか、話題を広げようとしてくれた。
でも、その質問は俺にとって、つらいものだ。

「・・・」

『何か悩み事かな?』

言葉が詰まる。
正直に答えるべきか迷う。

でも、おじさんの優しい目を見て、何か吹っ切れた気がした。

「実は...仕事が見つからなくて…。いくつかアルバイトを試したんですが、どれも長続きしなくて...」

言葉を絞り出すように話す。

「自分に何ができるのか、わからなくて...」

おじさんは、俺の語りに合わせてゆっくりと頷いてくれた。
犬は、まるで俺の気持ちを察したかのように、もっと身を寄せてきた。

「そうか...大変だったんだな」

おじさんの声が優しく響く。

「でもな、この子が懐いたってことは、あんたにも何か才能があるんだと思うよ」

俺は黙ってうつむく。
自分の人生を思い返してみると、確かに小さい頃から動物にだけは好かれやすかった。

「それが…俺の才能?」

つい言葉にしてしまった。

『うん、その意気だよ』

おじさんは優しく微笑んだ。

その時急に、犬が俺から飛び降りて明後日の方を向いた。

『ごめんなさいね。おなかがすいたのかな』

犬は早く早く、と言わんばかりに飼い主を見て尻尾を振っている。

『じゃあ、先に帰らせてもらうね』

「はい、何だかありがとうございました!」

『それはこの子に』

犬は再び俺に近づくと、手を優しく舐め回していった。


『私たちは毎日この時間、決まってこの公園を散歩するからね』

二、三歩進んだおじさんは一瞬だけ振り返って、そう言い残していった。

夕日のほとんどが地平線に消え、辺りは少し薄暗くなっていた。

俺はまだベンチに座っていたが、目線は俯いていなかった。
頑張ってみようかな。

ちょうどその時、公園の街灯が眩しく点灯した。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?