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13 さよなら、僕の平和な日々よ

 僕の脳裡には、あの暑苦しい稲元の「柿本ぉぉ!」という叫びが蘇る。
「い、稲元が!」
 驚きすぎて大声をあげた。僕ははっとしたように口もとを押さえ、再びトーンを落とした。
 どこからどう見ても政治家の孫という雰囲気はない。まぁ、雰囲気で政治家になるわけじゃないけどさ?
 ということは、昨夜のあの豪腕な黄門様は、稲元の実のお祖父ちゃん!
 うわ、似てねぇ。政治家の孫が、あれかよ。なんて言っちゃ、さすがに稲元には悪いか。
『わかった? 依頼が入っているから、警察にはお世話になりたくないの。あたしだって、そう多くは警察に知り合いはいないしね。本当なら今夜にでもその稲元君に連絡取って、事情を説明してお母さんと一緒に、国外に出しちゃおうって思っていたのに、あんたからメール来たでしょ? あー、先手打たれちゃったと思ったわけ』
 ううん? なんかおかしいな。
 僕は昨日セットフリーターの仕事を断った。おかげで朝から美佐子さんはご立腹。だけど依頼を受けた段階で、美佐子さんは僕の同級生が護衛対象だって知っていたんだよね? それなのに、それを黙っていた。
 そして先程僕が警察を呼んでというメールをした段階で、美佐子さんはその事件に稲元が関わっていることに、直ぐに気付いたはずだ。
 それなのに、さっきは僕にセットフリーターの依頼をしろと言わなかったっけ?
 挙句に依頼金は、今後もセットフリーターの仕事を手伝う事ってさぁ。
 それって、つまり。
「ちょっと待ってよ。もしも僕が何も聞かずに美佐子さんに依頼するって言っていたら、僕に何の説明もしないで動くつもりだったでしょ?」
 責めるように言ってみれば、まるで電話の向こうでせせら笑うのが見えるような、そんなわざとらしい軽やかさで、美佐子さんは言ってのけた。
『あら、あんたがセットフリーターの仕事、手伝わないって言い張っているんだもの。巻き込んじゃかわいそうだもの、ねぇ?』
 そう言って美佐子さんは、わざとらしい高笑いを電話の向こうで漏らした。
 やっぱりこの人根に持っているしぃ!
「じゃ、何で今話したのさ?」
『馬鹿ね。今説明したこと忘れたの? あたしの仕事とかちあっているんだってば。手伝いなさい』
「えー?」
 抗議の声を上げるものの、美佐子さんはここへ来る。稲元を安全な場所へ逃がす依頼を受けているのだから、絶対にここへ来る。だが他の生徒や用務員の先生などは、依頼に含まれていない。僕が引き受けなければ、美佐子さんは「あたし、仕事で忙しいのよ」と言って、稲元だけ助けて逃げそうだ。
『えーじゃないの。逃げたいし、逃がしたいんでしょ? 安心なさい、最後には赤翼会には警察に引き取ってもらうようにするから』
 いったいどうするつもりなのかは……あえて聞かない。心の安静を保つには、それが一番のように思えたから。
「でも相手は銃持っているんだよ?」
 僕だって怖い。ましてや前回は、撃たれたわけではなかったけれど、銃のグリップで殴られて数針縫う羽目になったんだ。
 ちなみにそのために一部、頭髪を剃ったわけだが、そこは最近髪の毛が生えてきた。
 全国の薄毛で悩んでいる皆さん、諦めないで。髪はきっと生えてくるからと、どこかのカツラメーカーのCMに出てきそうなことを、最近常々思う。
『銃なんて至近距離じゃないと当たらないわよ。それに本当に本物かどうかもわからないでしょ? まぁ……一丁くらいは本物を持っているかもしれないけど、頭狙って一発で打ち抜ける程の腕じゃないでしょ』
「なんで断言できるんだよ」
 相当な傍若無人で、我が道を阻む者は、容赦なくぶっ飛ばす人だと思っていたけど、僕までぶっ飛ばさなくていいと思うんだけど?
 あぁでも……この人は最後の最後まで、自分の手の内のカードは見せないんだ。見られてしまっても、こちらが説明を求めないことには説明しないし、適当にはぐらかすこともありえる。
『下調べくらいするわよ、赤翼会の。ともかく、あたしが考えていたプランじゃだめね。まずは人質を逃がすことが前提で、そのあとは奴らを一網打尽にするってことだけど』
「無理だよぉ……美佐子さんはともかく、僕は普通の高校生なんだから」
 普通に警察に助けを求めようよ?
 そうは思ったけれど、美佐子さんが依頼を受けている以上、逆に警察と関わるほうが危険な気がする。
 とくに僕の人生が。
『あたしはともかくってどういう意味よ?』
「自分が普通の人だと思っていたの?」
 そりゃ大層な誤解だな。美佐子さんくらいで普通ならば、僕は異常な程平凡だ。平凡なことを異常とは言わないから、やはり美佐子さんは普通ではないということだ。
『かわいくない子ね。最近特に生意気よ』
「親に似たんでしょ」
 あぁ、やだ。条件反射とはいえ、恐ろしいことを口にしてしまった。ここは深く反省しなくちゃね。
『憎たらしいわね。ともかく時間がないわ、打合せするわよ』
「はいはーい……手短にね」
 あーあ、もう僕の抵抗など意味がないのだろう。半端な覚悟は、半端な結果を招く。それならいっそ、覚悟を決めたほうがいい。
『返事は一回で短く言いなさい。まずあんたはそこを出て、稲元君らがどこにいるか確認しなさい。それから安全を確認するの。敵の人数は………ボスが誰なのか、他にいるやつもある程度は予想がつくんだけど、詳しく知りたいわ。何人いるのか教えて。それとあんたが杞憂している銃も、大きさ形、何人が携帯しているのかも教えて』
「み、美佐子さん……本物じゃない可能性が高いんじゃなかったの?」
 自分でそう言ったはずなのに、なぜ僕にそんな危険なことをさせるんだよ!
『大きさや形を見てから判断するのよ。いいこと? トカレフやマカロフなんて銃はね、ある程度のお金があればあんたでも買える程、残念ながら日本でも流通しているわ。インターネットで売る馬鹿もいるくらいよ。まぁ、大抵逮捕されているけれど』
 確かに一年に一度くらいは、そんなニュースを耳にする。最近は暴力団も不景気なようで、拳銃を売りに出してまで、身銭を稼ごうとしているところもあるらしい。
「けれど、ウージーやMP5なんてサブマシンガンやアサルトライフルになれば、自衛隊や一部の特殊な警察組織じゃないと手に入らないわ。まぁ………絶対とは言い切れないけど、赤翼会が一人に一丁ずつ持たせられるほどの資金はないはずよ。大きさには特に注意して見て。本物を持っているとすれば、トカレフやマカロフなどのカスタムハンドガンね。もしもそう言うのを持っていたら、本物だと思ってもいいわ』
 さらりと言ったよ、この人は。
 あぁ……なんて僕は不運なんだろう。
 神様、僕は前世で悪いことを山ほどしたんでしょうか……?

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