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33 さよなら、僕の平和な日々よ

 僕は稲元目がけてネジを投げつけた。頼む、外れるな!
「誰だ!」
 犯人が今の物音に対して警戒するように叫んだ。稲元もつられたように物音の方向に目を向けていた。その横顔にネジがヒット! 稲元は驚いたように僕のいる方向を見た!
(騒ぐな!)
 僕は口もとに指を当てて、稲元に声を出さないように指示する。稲元は危うく声を出すところだったらしく、口をあんぐりとあけた後、慌てて口をつぐんだ。
「こっちか!」
 まっずーい! 僕のほうに顔を向けた!
 僕は機械の山に身を隠したが、逃げ場がない!
「へっくし!」
 稲元だ! ナイス!
「うるさい!」
 稲元はとっさにくしゃみのフリをして、注意を自分に引き付けたのだ。だが時間がない。
 二十数えたら逃げろと指示されているのだ。
 でもここまで来て逃げるわけにはいかないよね!
 もう一度稲元を確認する。犯人の視線は稲元に向いていて、僕に背を向けている。
 チャンスは一度きり!
 僕は再び稲元に顔を向けて口もとに手を当てる。それから数歩歩き、残りは走り出す。
「誰だ!」
 犯人が僕がいる方角を見た!
「誰だと言われて名乗れるかっ!」
 僕は地面を蹴って跳躍。犯人は僕に銃口を向けた。僕は犯人の銃をもつ手ごと右脚で蹴りつけた。銃は犯人の手を離れて飛ばされていく。着地すると同時に右脚を軸に体を回転させ、左脚で犯人の脇腹を蹴りつけた。
「稲元立て!」
 犯人が地面を転がる。稲元は素早く立ち上がった。
「こっちだ! 走れ!」
 稲元は僕の方向へと走り出す。僕は稲元の腕をつかんで走り出した。
「待て、この野郎!」
 犯人は起き上がって追いかけてきた!
 銃声がしたのはその時だった。僕も稲元も反射的に身をすくませた。だが立ち止まるわけにはいかない。
「稲元走れ!」
「だだだ、だって!」
「だってもクソもないんだよ!」
 僕は稲元を引きずるようにして走った。
「クソ! 仲間がいやがった!」
 叫んだのは犯人だ。ということは、あの銃声は大林さんだ!
 重なる銃声! 犯人は別の銃も所持していたのか!
「わあぁ!」
 稲元はパニック状態だ! 闇雲に走って転倒する!
「わぁっ! わあぁ!」
「騒ぐな!」
 立たせようにも稲元はじたばたと暴れ回る。稲元は起き上がりたくとも、両手が後ろにしばられているので、簡単には起き上がれないのだ。そうしている間にも犯人との距離は近づく。
 僕は稲元をそのままにして立ち上がる。大林さんもプロなら、ここに足手まとい二人組がいることを、熟知しているはずだ。これは犯人に当てるつもりの発砲ではなく、威嚇するためのもののはず。注意するのは犯人が撃つ方だけ!
 僕はポケットから唐辛子スプレーを取り出して駆け出した。犯人は僕に銃口を向けた。
 さすがに二度も簡単に不意打ちはできないが、力ずくの正面突破ならなんとかなる!
 僕は前へ向けて勢いよく前転した。合気道でする飛び込みの受け身を取る姿勢だ。子供の頃から何度も何度もやってきただけはある。楽にできる。
 パーンという乾いた音!
 僕は立ち上がると同時にスプレーを持つ手を犯人へ向けた!
「食らえ!」
 噴射!
 犯人はとっさに僕も銃を持っていると勘違いしたのか、ひっと短い悲鳴をあげたあと、スプレーをもろに目に食らって今度は絶叫した。両目を両手で押さえている。そのまま逃げようとしたが、僕は思い直して犯人の頭部に回し蹴りを食らわせた。銃を投げ出させればいいと思ったが、幸運は二度も続かない。犯人は銃を手にしている。
 僕は脱兎の如く走り出す。丁度起き上がっていた稲元の腕を、再度つかんで走り出した。
「行くぞ!」
「かぁ、柿本!」
「しゃべるな!」
 大林さんと共に侵入してきた出口が見えた。僕と稲元は死に物狂いで外へと飛び出す。だがまたもや稲元がバランスを崩して転んだ!
「馬鹿! 早く起きろ!」
「だって!」
 起き上がろうとしている稲元の腕をつかんで起こそうとしていると、僕らが逃げようとしていた方向から、誰かがこちらに走ってきた!
「くそっ!」
 正面から迎え撃つしかないと判断して、立ち上がった僕の目に映ったのは。
「美佐子さん!」
 美佐子さんは僕や柿本に目もくれずに駆け抜けた。その右手に握られていたのは、学校でやつらから取り上げた銃だ!
「待て!」
 犯人が飛び出してきた。美佐子さんは得意のアレ、黄金の右脚で犯人の股間を蹴り上げた!
「ぎゃぁっ!」
 反射的に前屈みになったところで、美佐子さんは眉間に銃口を当てた。
「ゲームオーバーよ」
 この声は美佐子さんの声じゃない。大林さんだ。
 大林さんは犯人の後頭部に銃口を当てていた。僕は緊張を解くようにゆっくりと詰めていた息を吐いた。
「お疲れさま、良一君」
 大林さんの声に反応して稲元が僕を見上げた。
「……」
 さて……僕はこの状況をどう言い訳する?
 それを考えただけで頭が痛くなりそうだった。

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