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20 僕の平和が遠ざかる

 ゲームセンターを知らないジューンに、僕は一通りプレイして見せた。基本の基本で、これが案外難しいUFOキャッチャーで、見事僕は二つのぬいぐるみをゲットしてみせた。
 実は昔からUFOキャッチャーがうまい男は、女の子にうけるという神話がある。ジューンの笑顔からすると、その神話に偽りはないらしい。
 シューティングゲームや音感ゲームなど、いくつかのゲームをジューンも体験したが、一番ジューンがお気にめしたものがあった。
「うわっ、待った!」
 僕は左手のスティックを左に入れながら、右手でたくみにガードのためのボタンを押す。しかしもう間に合わない。
「だめ」
 ジューンは瞳を輝かせて素早く最期の操作に入っていた。
 僕とジューンは格闘ゲームの対戦台に向かい合っていた。はじめこそ難しそうな顔でいたジューンなのだが、一通り操作や僕のとっておきのコンボを教えると、あっという間に吸収してしまった。
「あぁぁ!」
 僕が操作するキャラクターは、見事に宙を舞った。無防備になったところへ、畳み掛ける必殺コンボが炸裂する。
「やった!」
 そして僕の画面にには『YOU LOSE』のむなしい文字が……
「ちょっとぉ……本当はやったことあるんじゃないのぉ?」
 僕は苦笑しながらそう言った。対戦台の向こうからジューンがひょっこりと顔を出して笑った。
「本当にないわ」
 これでジューンの七戦六勝一敗。つまり僕は最初の一度だけしか勝てなかったわけだ。
「そのわりには強いよ」
「ふふ、マシンには強いのよ。操作方法さえ理解できれば簡単よ」
「そうかな……」
 わかっていても指が思うように動かなかったり、スピードについていけなくなったりするものだが……
「そろそろ出ようか?」
「え、もう?」
 ジューンは残念そうだが、僕はさすがに飽き始めていた。そろそろ夕飯の買い出しもしなくては……
 何が楽しくてこんなものを考えなくてはならないんだか……
「また明日来ようよ? 夕飯だってさ、あの美佐子さんが用意してくれているわけがないんだし」
「ふふふ……頼りにしているわ、良一」
 そうだ。ジューンも料理をしたことがないって言っていたな……ふっ……
 僕が対戦台から立ち上がると、ジューンも立ち上がった。両腕には二つのぬいぐるみがある。
「楽しかったわ」
「よかった。あ、そうだ。プリクラしようよ」
 目に付いたプリクラの装置。平日の午前中、さすがに女子高生がいないので、スムーズに使えそうだ。だが馴染みがないのか、ジューンは首をかしげる。そもそもプリクラも略語だしねぇ。知るわけがないか。
「プリクラ……?」
「写真をシールにできるやつだよ。あれあれ」
 僕はプリクラの前に移動して、ジューンに手招きした。そしてカメラの方を向くように言って一緒に写真をとる。
 ジューンが帰ったら、僕も学校に行く。そうしたら黒田にでも自慢しよう。女好きのあいつのことだ。ハーフのジューンとのプリクラを、きっとうらやましがることだろう。
「すごいわね、日本って素敵」
 プリクラができるまでの間、待っているとジューンがそう話しかけてきた。その日本に住んでいる僕としては、アメリカの方がもつとすごいんじゃないかって気がする。
「ジューンの住んでいるところってさ、どんなところ?」
「そうね……マサチューセッツは東海岸だから、一年の四季がはっきりしているわね。ただ比較的夏は短い感じはするわ。クランベリーの産地で、全米二位の生産地でもあるの」
「街はどんな感じ?」
 するとジューンは該当する日本語が頭に浮かばないのか、少し首をかしげて考える素振りを見せた。
「日本程は……そうね、何て言ったらいいのかしら? 狭い? 多い?」
「ごちゃごちゃしている?」
「ん?」
「ものが沢山あって窮屈しているって感じ」
 僕がそう言うとジューンは頷いた。それもそうだろう。国土が違うよ、国土がさ。
「そう、そんな感じ。でも日本はとても楽しいわ。人がこんなに沢山いるのも楽しいし、このゲームセンターも楽しいわ。買い物もすごく楽しかったし、良一が連れていってくれた日本の建物もすばらしかった。グランマが言ったとおりね………ただ、やはり日本の歴史的なものが少ないのはとても残念だわ」
 やっぱりそうか。僕らはそう感じたことはないけれど、日本というアジアの島国に独特な文化を期待していた外国人からすれば、期待外れというのも頷ける。僕だって茅葺き屋根の建物を見たことがない。暮らしやすいように便利になるようにとした結果が、建築様式を変え、文化を変えてきたのだ。結果、日本独自の文化は廃れていった。
「プリクラできたね」
 出てきたプリクラをジューンに渡す。ジューンの瞳はうれしそうに輝く。僕は一枚はがして僕の携帯に張った。
「一枚だけちょうだい。あとはジューンにあげる」
「ありがとう」
 ジューンが大事そうに胸に抱えて微笑んだ。
 いいなぁ、この反応。僕ってつくづく『普通の女の子』に縁の薄い日々を送ってきたんだなぁ……
 僕とジューンはゲームセンターを出た。通りは多くの若者に溢れかえっている。地べたに座り込んでタバコを吸っているやつもいるし、携帯とにらみ合うようにメールをしながら歩くやつもいる。
 これにはジューンは不安そうな顔をする。僕としてはああいう連中には構わないので、そこにいようがいまいが気にならないのだが、そこはやはり外国人だ。このマナーのなさに不安も憤りも感じているらしい。
「どうして……あそこに座り込んでいるの? タバコはいけないんじゃないの?」
「いけないね。でもやめろと言ってもやめないし、それで肺癌になろうとも自業自得さ。もちろん周囲の人間も迷惑だろうけど、いちいち注意していたらきりがない。結局見てみぬふりさ」
「……」
「いいんだよ、放っておけば」
 けれどジューンの表情は曇顔。正義感が強いんだなぁ……
 しばらく歩きながら夕飯のメニューについて考えていた僕だが、ふと視線を感じた。何気なくジューンを見たが、ジューンは気づいていないようだ。
 まさか……
 振り返るべきか、どうするべきか迷う。またあのごついのがいたのなら……
 僕はジューンを見ているふりをして、ショーウィンドーを覗き込んだ。

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