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03 幻想夜話

 日本家屋でありながら、ブルーやイエローの照明が施された棚の中には、およそ統一感のない品が陳列されている。
 本人は挑発的とも取れるような、でたらめな格好をしているが、商品管理に関しては完璧な状態を保つようにしているらしい。室内の温度と湿度は快適に保たれていた。
 津軽三味線は犬の皮を張るため、管理するには湿度にも温度にも気を使う。そのため零斗はそうしたものを、肌で感じ取ることができるようになっていた。
 だがやはり製品の統一感のなさに、零斗は大いに戸惑い、そして店の雰囲気のバランスの悪さと、接客をするための格好とは思えない店主の色っぽいのか、はたまただらしがないのか判断のつかない格好に、身の置き所がない気分を味わった。
 何せ店主の甚兵衛の前合わせは、きちんと合わさってはおらず、真紅のブラジャーの肩ひもが見えている。あれは俗に言う見せブラというものだろうか? などと考えはしたが、あれでは見せすぎというか、それともここは和風を中途半端に取り入れた、風俗なのだろうかとも考えてしまう。
「さぁさ、どうぞお入りなさいさ。ぐるりと品を見るのもよし、品を売るなら受け付けるよ」
 だが他に女の子はいないし、いかがわしいという雰囲気でもない。やはり風俗ではないようだ。
「品?」
 店主は眠たげな目を細めてにぃっと笑った。手にしたはたきをまるでコンダクターの杖のように振るうと 道化師ピエロのような仕草で身を折った。
「そうさ、品さ。ここにあるすべては預かり物。しかしここにあるすべては売り物でもある。ここは質屋さ、質屋・夢。あたしは店主の月乃井ユメ。どうぞお見知りおきを」
 そう言って身を屈めるものだから、それでなくとも胸元が肌蹴た甚兵衛の前開きからは、真紅のブラジャーと白い双丘が強調されて見えた。
 慌てて視線を逸らすも、かえってそこを見てしまったという態度を隠すための行動に見えたかもしれない。零斗はそう思った。しかし確かに見てはしまったが、こちらだって好きで見ようとしたわけではない。
 そんな言い訳がましいことも考えたが、当のユメ自身は元より気にした様子は見せなかった。
 もっともその格好を好んでしている段階で、凝視されることに抵抗などあろうはずがない。
「質屋ってことは……」
 気を取り直して零斗はユメに問いかけると、目じりの下がった瞳を更に細くしてユメは笑った。
「そう、ここにある品はみぃんな誰かが訳あって手放した品ばかり。あたしは特別な品以外は引き受けないから、どの品も逸品揃いさ」
 店主はそう言って番頭台の前に座った。そして煙管盆から羅宇が紅色の煙管を取り出した。
 慣れた様子で刻み煙草を雁首より上の火皿に詰め込み、機嫌がよさそうな表情を見せ、陶器で出来た火入れから埋め火をそっと移し、深く紫煙を吸い込んだ。
 息を吐く直前に、煙くてかなわないといった様子で、クロガネは番灯台から飛び立って、客である零斗の肩に止まった。
「わっ!」
 突然小動物が肩に止まるのだから、驚くのは無理もない。しかし鳥の方は知らぬ人間など気にしないのか、怯える様子などまったくなく、零斗の肩でくつろいでいる。
「その子はクロガネ。賢い子だよ」
 店主はにぃっと目を細めて笑いながら、口元に煙管を寄せ、吸い口に唇を寄せた。
 どこかとろけるような目つきで紫煙を吸い込むと、ゆったりと吐き出しその余韻を楽しんでいる。
「店の中は好きに見て歩いていいよ。さぁ、板の間にあがりなよ。靴は脱いでね」
 そういうユメ自身は裸足だ。土間には赤い鼻緒の黒の下駄が、揃えられて置いてあった。ユメのものなのだろう。
「いや、あの俺は客と言うか、なんとなくここへ入ってみただけというか」
 肩に止まって動かないクロガネの気配に、どうしようかと戸惑いつつ零斗は困っているように言った。
 するとユメはますます笑みを深くして、立てた膝に肘を乗せ、ニコニコと笑った。
「いいんだよ、それでも。どこぞの陰険眼鏡は『偶然なんてない。君は必然によってここへ来たんだ』なんて気障なことを言うんだろうけど。あたしはそんなことは思わない。単なる偶然、なんとなく。それで十分さ。ただし顔を合わせ、声をかけたその瞬間、あたしとお客さんの間には、多少なりとも 縁(えにし)が生まれた。だからね。その縁、どうせなら結んでみたいじゃない」
「はぁ……」
 ユメの言うことが理解できるような、やはり出来ないような、そんな曖昧な顔を零斗がすると、ユメはひとしきり笑った後、最後の一服を吸い込んだ。
 灰吹きに燃え尽きた刻み煙草の灰を捨てて、煙管盆に煙管を戻す。
「いいのさいいのさ、気にしなさんな。ひとまず茶の一杯くらい、付き合っておくれ。その間、店の中を見て回るといいよ。気に入った品があれば、条件次第で譲ってもいいし、売りたいものがあるならば、あんたの要望をかなえることを対価として引き取るよ。まぁ中には現金がいいという、無粋な客もいるけれどね」
 歌うように軽やかに言って、ユメは番頭台の後ろの囲炉裏端に用意していた、お茶の道具へ手を伸ばす。お茶と言っても、急須に茶葉だ。ユメは機嫌よさそうに鼻歌を口ずさみながら、急須に茶葉を落とした。立ち上る茶葉の爽やかでありながら、甘さを感じさせる香気が微かに鼻腔をつく。
 零斗は戸惑いを隠せないまま靴を脱いで板の間に上がったが、一人で勝手に見て歩くのも気が引けた。さらに肩に止まった漆黒の小鳥の存在も気になり、不安そうな視線をユメに向けた。
「あの……」
「好きにしていいって。お茶が入ったら呼ぶから」
 顔を上げてユメはにっと笑った。
「但し商品は勝手に手にとってはいけないよ。それは預かり物でもあるからね。お兄さんが買うなら構やしないが、買わぬ間は大事な預かり物のままさ」
 ことん、ことん、と二つの湯飲みを板の間に置いて、ユメは囲炉裏にある鉄瓶に手を伸ばした。
「それじゃ、お邪魔します」
「何言ってんだい? もうお邪魔しているじゃないの、ねぇ、クロガネ?」
 おかしそうにユメが笑うと、クロガネはまったくだと同意したかどうかは定かではないが、零斗の肩でおとなしくしていた小鳥は、羽を広げて飛び立ち、改めて零斗の目の前にやってきた。条件反射のように手を差し出すと、口ばしの赤い漆黒の翼の小鳥は、遠慮なくその指を宿木にして羽根を休めた。
 賢い子なのか、人懐こい子なのか零斗には判断がつかなかった。だが鳥とこうして触れ合えるのは初めての経験だったが、そう悪い気はしない。
 零斗はショーケースの中の品を覗いた。

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