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04 僕の平和が遠ざかる

「ここの主人は?」
 やっぱりそうなの?
 背筋に冷たい汗が流れる。
「今はいないよ。けど、僕はその主人の息子で、柿本良一。君は?」
 するとためらうように口もとに手をあてて、じっと僕を見つめた。僕は少しひるんだが、僕は何も悪くはないはずだ。すると彼女はため息をついて、両手を広げた。
 やっぱり外人だ。身振りが大げさだ。
「ジューンよ。ジューン・キャンベル。日本の名前は華子。グランマが日本人だったの」
「は……」
 この顔で、華子……似合わない。
「ジューンで……いいかな? 僕も良一でいいよ」
「オーケー、良一」
 お互い自己紹介はしたものの、まだまだ疑問は目の前にある。華子……もとい、ジューンはうちの店について、誰かに何かを聞いてやってきた。ここまではいい。何から助けろというのだろうか、まずはそこだ。
「ジューン、突然店に入ってきて助けてって言ったよね? 何から助けて欲しいわけ?」
 僕がそういうとジューンは沈黙した。こちらの出方をうかがっている、そんな感じだ。
「おいおい、ガン無視かよ」
「がんむし?」
 日本語には通じているらしいが、現代日本の日本語は知らないらしい。
 そういえば、発音はヒアリングテープのようにきれいだ。つまりそれだけ崩れた日本語は使わない環境にあった、もしくは知らない環境にいるということだ。日本在住というわけではないのだろうか?
「無視するのかって。何、日本に来たのは初めてとか言うわけ?」
 初めてやってきた日本なら、なぜこの店のことを、いや、美佐子さんを知っているのかわからない。
「……またにするわ。あなただとだめみたいだから」
 そう言うとジューンは僕に背を向けた。
「あ、ちょっと! なんだよ、そのだめみたいって!」
 ちょっとムカつき、ちょっと心配になり、そしてちょっと不安になった。一つは僕では役立たずと言われた気がしたからで、それからジューンは切羽詰まっているようなのに、本当に返していいものかと思ったからだ。
 ところがそのジューンの足も止まった。ドアが開かれたのだ。
「あ、いらっしゃいませ」
 ちらりと時計を見ると四時五十分にはなる。今度こそ客だろう。
「お待ちして……」
 客?
 僕は思わず硬直した。
 というのも、来店したその人物は、いかにもヤクザですという感じがしたからだ。ただそれは日本式に言ったもので、相手は日本人じゃなく、そして海外風に言うならギャング、もしくはマフィア………
 マフィア?
 黒のスーツにノータイ。黒のサングラスに厳つい体格。素顔はそのサングラスのおかげでわからないが、泣く子も黙るどころか、泣いている子も心臓発作を起こすような、そんなごつさ。これで『フリーズ!』なんて言って、拳銃でも出したら、輸入したマフィアの出来上がり。
 するとジューンは僕の後ろに隠れた。確かにこれは怖い。
「あの……」
 引きつる営業スマイル。さて、どうしたらいいのだろう?
「フリーズ!」
 マジで!
「はっ……?」
 なんですと?
 男は懐からギラギラと輝くコンバットナイフを取り出した。
 銃でなかっただけまし……じゃないだろ!
 ここは日本だぞ? 日本なんだぞ!
「アップ ユア ハンド!」
 そしてずかずかと近づいてきた。ちょっと、冗談じゃないよ!
「助けて!」
 ジューンが叫んで、僕の制服にぎゅっとしがみついた。
 なるほど、これなら助けて欲しいわけだ。僕だって助けて欲しいもの。
「お客様、お引き取り下さい」
 なんて言ってはみたが、効果があるわけでもなく、男との距離は縮まるばかり。
 ピンチ!
「っくしょう……こうなったら……」
 僕は軽く拳を握って構えを取ると、すっと腰を落とした。倒すことができなくとも、一撃決まるだけでいい。そうしたら奥の事務所に逃げて、事務所から自宅、その気になれば外へ逃げ出せる。
 すると男は初めて止まった。そしてじっと僕を見る。その瞬間、ぞわりと背筋に悪寒を感じた。
 少なくとも僕なんかよりも強い。しかし男も僕が何もできない一般人ではないと思ったらしい。ナイフを若干下に構えて、何も持っていない方の腕を防御に構えた。
 まずい! 殺される!
 高まる緊張感を打ち破ったのは、更なる第三者の一声だった。
「ちょっと、何しているの?」
「!」
 今がチャンス!
「はっ!」
 男は少し後ろを見た。僕はすかさず手刀で男のナイフを持つ手首を打った。虚を突かれた男の手からナイフが落ちて、床を転がる。
 とっさに男は殴りかかってきたが、僕は男の腕を自分の腕に絡ませ、手と肘ではさみ込んで、男の腕を固定した。それから手首をずらして腕を少し下へと押す。すると男の姿勢は少し前へと崩れる。そこを反対の腕で男の頭を鷲掴みして押し下げて、顔面に膝蹴りを食らわせた。
 サングラスが吹き飛ぶ。男の体制に完全に防御がなくなったところで腕を放して、もう一度顔面を今度は足刀で蹴った。男は鼻血を吹き散らしながら床に転がったが、すぐに起き上がった。今にも僕に殴りかかりそうだったが、ぴたりと動きを止めた。
「ゲッド アウト」
 僕のピンチを救ってくれた人物が、バッグからピストルを取り出して、男の後頭部に押しつけていたのだ。
「ハーリー アップ!」
 ちっと男は舌打ちをして、ものすごい形相で僕とその乱入者を睨んで出ていった。
 い、一体今のはなんだったんだ?
 僕は思わず溜め息を漏らした。

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