#4 新入社員研修 〜無慈悲な前触れ〜
波乱の幕開けとなった入社初日を終え、次の日からいよいよ僕の新入社員研修が始まる。
会社のフロアには社員証が無いと自由に出入りできない作りなっており、しばらくの間、出勤した時は来客口から入って、来客用の電話で総務部人事課の田代さんに繋ぎ、中から開けてもらうことになった。
田代さんを呼び出し、しばらくするとフロアの中から田代さんが意気揚々と出てきた。
「おはよう!」
「おはようございます。」
田代さんの中では昨日の歓迎会が一応の成功を納めたことになっているようで、どこか満足げな様子だった。
君も同じ気持ちだろうと言わんばかりに親しみのある雰囲気だったが、僕は昨日の歓迎会で新入社員1人に対して幹部を招集し、全く話の合わないおじさんトークの渦中に追い込んだ田代さんをまだ許していない。
「どー?2日酔いとか大丈夫?」
「大丈夫です…」
「良かった!よし!じゃぁ!行こうか!」
(能天気かっ!!)
あっけらかんとした田代さんの表面的な態度に思わず「能天気」という言葉が頭を過ぎったが、昨日のオリエンテーションでの淡々とした様子、入社式での卒ない進行、飲み会での無難な立ち振る舞い、言葉の端々に漂う頭の良さなどから、本質的にこの人は優秀だと感じ始めていた。
表面的な部分だけ見ているといつの間にか術中にハメられる、まさに昨日の僕が田代さんの手のひらで転がされていたような感じがあった。
それゆえの純粋な尊敬が芽生えているのに気づいたが、まだ認めてやるか!としばらくは意地を張ることにした。
田代さんに案内され、総務部が席を構えるフロアの一角にある会議室に通された。
この6人用の会議室が遠面の僕のアジトとなる。
定時になり、しばらくすると、田代さんと一緒にもう1人、男性が入って来た。
田代さんよりも若く、歳は20代後半から30代前半くらいに見えた。
この日から田代さんに変わり、田代さんの部下の鈴木さんが僕の新入社員研修をメインで担当してくれることになると説明された。
「はじめまして!総務の鈴木です。今日から澤村君の研修を担当します。よろしくね!」
「よろしくお願いします!」
「じゃぁ!あとは鈴木君よろしくね!」
そう言って田代さんは早々と会議室をあとにした。
すると、見計らったように鈴木さんが話掛けてきた。
「聞いたよ!昨日の歓迎会!幹部の連中といったんでしょ?」
「あ、はい」
「つまんなかったでしょ!」
気の毒そうに鈴木さんが言った。
(たしかに、クソほどつまらなかった…でも、ここで「はい!めちゃくちゃつまらなかったです!」と言うのも、違う気がする…)
「いや!色々話聞けて楽しかったです!」
「ほんと〜?オレなら地獄だ…」
(地獄でした!)
なんと答えていいかわからず、愛想笑いで返したが、同年代として感覚が合いそうな人に初めて会って安心した。
「いやーそれにしても1人は大変だねー!
とくにこれからの新入社員研修は…」
(……ん?大変?)
少し言い方が気になったがこの時はまだその言葉の本当の意味はわからず、ひとまず聞き流すことにした。
おもむろに鈴木さんが1枚の紙を僕に渡してきた。見ると新入社員研修のスケジュール表だった。
サッと目を通そうとしたが、どうにも見過ごせない文字が目に飛び込んで来た。
(これは……まさか……)
そして、鈴木さんの口から僕の新入社員研修の全容が明かされる。
「早速だけど、これが新入社員研修のスケジュールになります。研修期間は4月のまる1ヶ月間です。」
(嫌な予感がする…)
「そして、今日の午後から、約1週間が自社での研修ね。細かい内容は書いてある通りだけど、まー、会社の理念とか歴史とか、あと仕事の基礎知識とか、あとは各部門研修として、部門ごとにどんな仕事をしているのかを教育してもらう構成になってます。」
(ここまでは良い!問題はここからだ!!)
「自社研修のあと、2週間は親会社を含むグループ会社全体での合同研修になります。」
(ココッ!!!なんだグループ会社全体での合同研修って!!)
「で、合同研修が終わったら、また自社に戻って1週間研修します。」
(まさかとは思うがグループ会社全体での合同研修に僕はたった1人で乗り込まなきゃいけないのか…)
「戻ってからの研修としては、自己紹介のプレゼンテーション資料作成がメインかな。」
(しかも、入社してすぐならまだしも、1週間経っての合流ってことは、それぞれの会社の同期同士でわずかながら関係性ができ始めてる頃……)
「あとは、研修と言うより事務的な作業があるね。パソコンの設定とか!」
(僕がおじさん達に囲まれて歓迎されてる間にも、他の会社では、同期同士でワイワイやりながら、さぞ楽しい飲み会をしているのだろう……どうせそこで仲良くなってるんだろ!!くそっ……その中に途中から1人で入るのかよ……辛いわ……)
「あと、配属面接があるね。まー、技術職で採用されてるから、技術部なんだろうけど、一応、形式的にね!」
(いやっ待て!焦るな!グループ全体という文字に面食らったが、重要なのはその規模だ!わずかな希望だが、意外とこじんまりしているなら恐れることはない!まずは情報収集だ!)
「それで、4月末には配属決定で、5月から実際に配属される流れです。」
鈴木さんの説明の間を見て、質問した。
「あの!ちょっと質問いいですか?」
「いいよ!どした?」
「このグループ全体での合同研修っていうのは、だいたいどれくらいの規模なんですかね?」
「えー詳しくはわからないなー!でも、だいたいのイメージで言うと…親会社の新入社員が150名はいないくらいかなー」
(……え?150??)
「それから、グループ会社がうちを入れて10社くらいだった気がするな。でも、会社の規模はうちと同じくらいだから、全体で300名くらいだと思うけどね!」
(10社?? 3、3、300!!!???)
(お…多い…多いよ……規模でっかー……)
「まっ!この会社には同期がいないけど、グループ全体見ると、たくさんの同期がいるってことだから、この合同研修を機に同期と仲良くなって人脈を広げられると良いね!」
(おっと?あれあれ?まさかこいつも田代さんばりの能天気か?)
「とは言っても、1人で入りづらいよねー」
(あー、危ない!能天気お兄さんに認定するとこだった。)
「いや、まー、ちょっと萎縮しますね…」
つい、本音が漏れた。
「でも!大丈夫です!折角なので、他の会社の同期と仲良くなってきます!」
弱音吐いて、心が沈み始める前に自分を鼓舞して、意気込んだ。
とは言え、内心、不安だった。
親会社と子会社は文字通り、親会社が上で子会社が下。当然、親会社の方が事業規模も業績規模もはるか上。
それゆえ一般的に、子会社よりも親会社の方が高学歴で優秀な人材が多く集まる。
就職活動時、親会社をとその多くのグループ会社が一同に介する、合同会社説明会に参加したことがある。
それゆえに、親会社の存在もいくつかのグループ会社のことも知ってはいた。
しかし、どこの会社にも多くの学生押し寄せ、競争率の高さを物語っていた。
その中でひときわ、学生の集まらない会社があった。
ここなら、親会社と同等な待遇にも関わらず、競争率が低くて、この僕でもいけるんじゃないかという、狡猾な考えで応募し、入社したのが今の会社だ。
言ってみれば、身分をわきまえて、最初から穴場狙いだったため、親会社及び、その他の人気のグループ会社には応募すらしなかった。
その親会社とグループ会社に堂々応募して、選びぬかれた先鋭300人の中に、同期として肩を並べるはずも無かった僕がたった1人で乗り込む。
例えるなら伝説のスパルタ軍300人の屈強な兵士の中にただの平民がたった1人で入るようなものだ。
映画なら当然300人のスパルタ軍が主役で、僕はさしずめ名もないエキストラ。
そんなスパルタ軍と一緒に2週間も同じ研修を受けるなんて、無事に生還できる気がしない。
「これからの研修、1人は大変だね」と言った鈴木さんの言葉を思い出し、合同研修に1人で参加すること対する哀れみの言葉だと理解した。
しかし、それが誤認であるとをこの時の僕は知る由もなかった。
そしてこの後、その言葉の本当の意味を知ることになる…
つづく
次の物語はこちらから!
「#5 自社研修(前編) 〜迫りくる魔の手〜」
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