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#18 異様な新世界 〜トライ部品確認〜

技術部に配属して数日が経った頃、大きな段ボール箱が僕の席の近くに突然現れた。

その段ボール箱の側面には、見たことのない漢字の並びが印刷されていることから、おそらく以前、言っていた中国の業者から送られたものだと想像する。

(こ、これは……か、海外からだ……)

英語が話せないにも関わらず、よりによって海外と関わる一部の仕事についてしまったという危機的状況に置かれていることを再認識し、漠然とした不安に苛まれ、その段ボール箱が近くにあるだけで微かに緊張する。

早速、直属の上司であり、僕の指導係である冨樫さんが僕に声をかける。

「澤村君!トライ品届いたから、これから会議室でチェックするんで、一緒に来て!」

相変わらず、冨樫さんはハキハキとして、その口調から実直さと、いくらかの堅苦しさを感じる。

冨樫さんはその大きめの段ボールを抱え、会議室に向かって歩いて行く。

トライ品のチェックという言葉から、これから何が行われるのか皆目見当もつかなかったが、僕は言われるがまま冨樫さんに付いて行くしかない。

冨樫さんの真っ直ぐに伸びた背中を追いながら考える。

(トライ品……トライ……ラクビー?……いや、さすがにそれは違うか……トライ…TRY……挑戦………挑戦品………挑戦的な物!

何やら穏やかではない。

海外からの荷物と言うだけで十分恐ろしい代物なのに、それが我々に挑戦を仕掛けて来ているとなるとただ事ではない。

そんなことを考えながら、冨樫さんと一緒に4人掛けの小さく無機質な会議室に入る。

間もなくして、我々の構造グループのリーダーである老け顔の桐ヶ谷さんが、その風貌に説得力を付け加えるようなゆっくりとした動きで会議室に入って来た。

そして、桐ヶ谷さんは段ボールに目を向けるなり、少しこもった小声でボソッとつぶやくように言った。

てぃーすりー来たね」

(…ん?)

桐ヶ谷さんの言葉が聞き取れない。

(てぃー?……なに?)

冨樫さんは難無く聞き取れた様子で返答する。

「てぃーすりーなのでこれでクローズしてほしいんですけどねー」

(クローズ??)

桐ヶ谷さんと冨樫さんの言っている意味が全く読み取れない。

「いや、難しいんじゃない……けっこう不良が多かったからね……」

桐ヶ谷さんは微かに険しい表情を浮かべながら続ける。

(クローズ……不良……そして…挑戦……………え……鈴蘭??)

僕にとって「クローズ」「不良」とくれば不良漫画原作の大人気映画のあれしかない。

ちょうどあの映画が公開された頃は、自分も学生時代だった。

学生時代の僕はそれなりにやんちゃを楽しみ、バイクや車を乗り回しいたが、学生ノリの範囲内であり、基本的には部活に勤しみ、それなりに勉強もやっていた。

総じて一般的な学生であったと言える。

それゆえに、己のプライドを突き通し、拳でぶつかり合う物語には、血が騒ぎ、どこか憧れを抱いた。

そんな映画のシーンを思い浮かべながら思いに耽っているとまた、桐ヶ谷さんの声が聞こえた。

「かなり反りも大きかったからねー」

ん?そり?剃り?ソリ?

この流れで"そり"言えば、額の髪の生え際をあえて、M字に剃り込む不良定番の髪型が頭に浮かぶ。

"そり"という言葉を髪型の剃り込みとした事で、まさに間一髪のところで話は繋がったように思えた。

しかし、ここはあえて、幼い頃にスキー場でソリで遊んだ記憶が思い出させた。

少しの間、風を切って滑るために、よく何度も傾斜を登ったものだ。

わかっている。

今、自分が考えていることは全く関係ない。

訳のわからない言葉の応酬が桐ヶ谷さんと冨樫さんの世界だけでスムーズに繰り広げられている状況に対して、逃避しているだけなのだ。

心震わせた映画と子供の頃の淡い記憶は思考の奥にクローズする。

冨樫さんは桐ヶ谷さんと会話しながら、手際よく段ボールのテープを剥がしていく。

段ボールを開くと中には緩衝材が1面に敷き詰められていて、まだ何が潜んでいるのかわからない。

呆然としている僕に向かって冨樫さんが指示を出す。

「あ、そしたらー、トライ品出すの手伝ってくれる?」

「あ、はい!」

全面に覆われた緩衝材達を取り出すと、気泡緩衝材、いわゆるプチプチに個包装された無数のかたまりが姿をあらわす。

(なんだこれ?)

その気泡緩衝材を開くと、ようやくプラスチック製の何かの部品が現れた。

こ、これが挑戦の物!!……なのか??)

どうやらこのプラスチック製の部品のことを2人はトライ品と呼んでいる。

何がどう挑戦的なものなのか全く理解が及ばない。

冨樫さんは慣れた手付きで包装をほどき、トライ品を1つ1つ、整列して会議卓に並べていく。

僕も冨樫の動きを真似しつつ、1つ1つ、きれいに机の上に並べていく。

桐ヶ谷さんは冨樫さんが部品を出したそばから、すぐに手に取り部品を凝視している。

いつもの年老いた雰囲気が少し変わり、かけていた眼鏡を鼻先にずらして睨めつけるように鋭い裸眼で挑戦を受けている。

そんな桐ヶ谷さんを横目で見ながら、包装を解いていくと、この部品達は全部で3種類ある事に気が付く。

縦幅10cm×横幅15cm×高さ5cm程度の箱型の部品が2種類

おそらく形状からして、この2つの部品は組み合わせて1つの開閉する箱になると想像する。

もう1つは、箱型の部品より一回り小さく、厚み1cmに満たない程の平べったい部品。

箱型の部品の中に入る、中蓋の部品のように見える。

そして、3種類それぞれの部品が5個入っている。

形状と数量を見たうえで改めて思う。

(…………なんだこれ?)

何の為の箱なのか、何がこの中に入るのか、所々に見られる特徴的な形状や穴は何の為に存在しているのか全く分からない。

全ての部品並び終える前に桐ヶ谷さんが口を開く。

「ダメだね!」

(……!?)

突然、桐ヶ谷さんから発された強い言葉に一瞬、緊張が走る。

「ほらー、ここバリ直ってない!

桐ヶ谷さんの鋭い言葉に反応し、すぐさま冨樫さんも同じ種類の別の部品を手に取る。

何やらその部品の特定の箇所を凝視し、指で触れ、険しい表情をうかべ、口を開く。

「あー確かにそうですね…」

僕も残りの部品を取り出した後、2人の真似をして、その部品を手に取り、同じ箇所を試しに凝視して見ることにした。

(………んーー?)

見る限り、そこはとてもきれいに仕上がっていて、同じように指で入念に触ってみても何も感じない。

これの……どこがダメ?

すると冨樫さんが苦々しく言う。

P.Lここにしない方が良いって言ったんだけどなー」

学園?急に野球の名門、PL学園?)

桐ヶ谷さんがすかさず反応する。

が悪いのかね……」

肩?やっぱり野球か?)

「やっぱここは反っちゃってますね…リブ入れた方がいいんですかね?」

リブ?……ロース?……肉の話か?

「そーなると修正ですか…」

肩?いや、たしか、リブはあばらの肉だ……)

当然、野球でも肉の話でもないのは、わかっている。

しかし、会話の意味が分からないなりに、これまで生きてきて培った知識から会話理解の糸口を探るほかなかった。

それは同時に、ふざけた思考で精神を保つことに役立った。

しかし、だんだん、ふざけた思考が追いつかなくなっていく。

「ヒケも出ちゃってるな……」

(……ヒケ………引けが出るって………どっちや!!引くのか出るのか……はっきりしろよ………)

「条件調整で改善できないんですかね」

(条件……調整……あーのー……)

「ゲート処理もダメだね」

(ゲート……門……)

「ゲート位置も指摘してたんですけどねー」

(位置……指示………誰に?)

「SOPで逃げますか?」

(SOP……逃げる…どこへ?)

「寸法出すためには、仕方ないんかね」

(寸法……仕方ない……何が?)

「FAIも来てる?」

(……FAI……)

「ウェルドラインもここに出ちゃってるよ」

(……ウェルド……)

「ちょっとここショートしてるんじゃない?」

(……ショート……また、野球………)

「一旦、寸法見てみますか?」

(…………)

(…………)

(いい加減説明してくれ!!!)

僕はあえて、話についていけていないという表情をうかべてみるが、2人の話はどんどん進んでいく。

冨樫さんはノギスを取り出し、素早く部品の外郭の長さを測定している。

「あー、やっぱり寸法も全然ダメですね!」

話の流れはともかく、寸法に関しては規定のサイズより、出来上がったこの部品の寸法が大きく外れていることが問題だとわかった。

大きいか小さいかの話ならついて行ける。

そう思った矢先、冨樫さんの発言で僕は更に突き放される。

「ばりの部分入れると2mmも大きいです」

(ん?………2、……2mm?……cmじゃなくて?………え?………2mm??……も??………もー??

2人の会話や表情からは、さぞかし寸法の誤差が発生していると思い込んでいた。

冨樫さんは確かに"全然"ダメと言った。

それが、たったの2mm。

その取るに足らないような小さな誤差に対して彼らの言葉遣いと反応の様子に困惑する。

(え……ウソでしょ……)

さらに、冨樫さんは寸法測定を続ける。

「あーあと、ここも0.5mmも大きいですね……」

(ちょっ……え?…………レ、レ、レェイ点ゴォーミィリィ???……もー??……もぉー??

彼らの寸法に対する感覚が理解できない。

狭い会議室にいるはずが、不思議と先程よりも2人との距離が遠く離れて行くように見える。

この人たちは、訳のわからない言葉を操り、とてつもなく細かい尺度で物を見ている。

これまでの人生感とあまりに乖離した世界観をまざまざと見せつけられ、それが異様に写る

その後もしばらく2人の意味不明な会話にただ黙って付き合わされたが、もう無駄な思考は止めて、あたかも真剣に聞いていますよという表情だけをうかべることだけにした。

その間、柄もいえぬ孤独感を感じたが、そのことに対して思考で慰めることも面倒に感じた。

不意に思った。

(もしや……こいつら…かましてきてる?

いわゆる、洗礼のような物で、新人に対してこれが仕事だと見せつけにかかってきている。

多少そうゆう部分はあったように思える。

それにしても、ほっておきすぎだ。

相手にされていない感覚が小さな針で身体中を刺されているように痛く、辛い。

しかし、怒りというよりは、どちらかと言うと拗ね始めている自分に気づく。

一通り話を終えると、暫しの沈黙が訪れ、冨樫さんが「改めて1つ1つまとめていきますか」と場を仕切り始めた。

そして、そう言えばお前いたなと言わんばかりにこちらを見て、遅過ぎる配慮をみせる。

「あー、ごめんごめん!ちゃんと説明するね!」

(なによ!今更!!散々私のことほっといて!!)

相手にされなかった女が都合よく近づいて来た男に言い放つような言葉が出た。

「あ、よろしくお願いします……」

いよいよ意味不明で摩訶不思議な新たな世界の説明が始まる。

つづく

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