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ピーガーという、いつもの音が鳴った後、ゆっくりと世界のてっぺんが見えてきた。【坂道を上ると次も坂道だった】

それはパソコン通信で始まった

パソコン通信を始めたのは1989年の秋だった。たまたま出会った小説がきっかけで面白そうだと思ったわたしは、父に相談した。

話はかなりさかのぼり、1980年頃のこととなる。

父の会社に営業さんがやってきて、コンピューターの導入を提案した。けれど、コンピューターなるものが何の役に立つのかわからない時代のことだ。零細企業の社長は無駄なお金は使えないと言って追い返してしまった。

その営業さんのおかげで我が家にやってきたのがJR-100というコンピューターだ。話を社長の隣で聞いていた資材課長兼トラック運転手の父は興味を持った。そして、大好きな電気屋街に出かけて、この比較的手頃なコンピューターを見つけてきたのだ。

「比較的手頃」と書いてから調べてみて驚いた。定価が5万円以上もしたとは知らなかった。父の手取りが15万円を切っていたはずなので、どうしてそんな大きな買い物が出来たのか。今となってはもう誰にもわからない。認知症で人生のほとんどの出来事を忘れている父が、思い出せるはずもない。聞いたところで、わからないことが増える悲しみを与えるだけになるだろう。

さて。

時代を経てパソコンは進化し、セーブするのを忘れて泣くということもなくなったある日、父の手を借りてわたしはパソコン通信を始めた。

そこでは無数の友達が出来て世界が広がり、わからないことは相談すれば誰かが答えてくれた。黒い画面に緑の文字は、いつもわたしの味方だった。

年寄りの回顧録になってはいけないので、話を進めよう。

コンピュサーブの誘惑よりも

楽しい毎日を過ごすわたしにも足りないものがあった。それは英語力だ。英語さえ出来ればと思うことが何度もあった。そんなわたしがコンピュサーブに興味を持った。

コンピュサーブというのは簡単に言うとパソコン通信の世界版で、世界中とつながることが出来るものだった。もちろん日本のパソコン通信が浸透する前から存在していたのだけれど。

英語がわからないのに、「コンピュサーブに入れば英語だけのやり取りになるから、きっと英語が出来るようになるだろう」と夢だけを見ていた。けれど思っていた以上にお金がかかることがわかってきた。どうするか困っていた時に、パソコン通信で知り合った友達からあることを聞いた。

「もうすぐ"なんとかネット"が広がるから、コンピュサーブには入らずに待ったほうがいいよ。」

その友達とは残念ながら親交がなくなってしまった。けれど今もこの言葉には感謝している。その"なんとかネット"というのが"インターネット"だったのだから。

1995年前にはインターネットをやってみたという話を見かけるようになってきていた。最初の頃はまだ大学や研究所だけが使っていて、わたしとは縁がなかった。

それが何かの弾みで、わたしでもインターネットを体験できるということを知った。具体的な方法は何かの雑誌で知ったはずだ。しかし、どうしてもこの辺りのことが思い出せない。一番大切なところだけに悔やまれるのだが、記憶にない理由だけはわかっている。

理解するには難し過ぎて、書いてある通りにするしかなかったからだ。

緊張のリターンキーを

書いてある通りの作業をして、間違いがないかを何度も確かめてから、覚悟を決めてリターンキーをパシッと叩いた。

ピーガーと、いつも通りモデムの音が鳴る。そして待つこと5分。いや、そんなに待ってはいないとは思うのだが、それくらい長く感じた。ドキドキしながら、これから起こる出来事を待ちわびた。

しばらくして画面の上の方が白くなってきた。左から右へと白い線が走る。一番上の線が右まで行ったら、その下にまた白い線が走る。延々とそれを繰り返すので、ただただ見つめていた。

白い線が画面の上から4分の1くらいを占めた時に、赤と青の点が現れた。この時点でもう何分経っているのかわからない。線は相変わらずゆっくりと表示され続けている。出来ることは待つだけだ。

世界が2Kにやってきた

待って待って、ついに出てきたのは地球のイラストと"NASA"という大きな文字だった。文字のてっぺんが現れてから数分後、このわたしのパソコンが"NASA"につながっているとわかって喜びのあまりわたしは家の中を走り回った。

2Kの小さな長屋で、つまり二部屋と台所があるだけの、この狭い我が家からあの"NASA"にコンタクト出来たのだと思うと、嬉しくて嬉しくて、世界に手が届いたような気がして飛び回っていた。

のちに、自分のホームページを作ったりするようになるのだけれど、それもこれも全て、この時に世界とつながったのが始まりだった。

この幸せな出来事を、こうして文章にするきっかけをくれた昨日の企画ハッシュタグにお礼を言いたい。これがわたしの、はじめてのインターネットというものだった。


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