【第2回】就職支援に本質的な意味がない理由
先日、自分が就活支援している学生から
「Kouさんのおかげで、○○商事のインターンに受かりました!!!」
という連絡をもらった。
僕は
「希望の会社のインターンに行けて良かったね!」
と彼にエールを送ったと同時に
「あれ、これってなんで上手くいったんだっけ??」
と振り返った時に、今までに感じたことのない違和感を感じてしまった。
なぜなら、
こういう商社マンってよくいるじゃん
と思えるようなパーソナリティだったからである。
彼と初めて会った時から、
・人の話していることに対する傾聴力
・話してる際に対話を加速させるコミュニケーション能力
・ESなどの添削でアドバイスをした際の思考の柔軟性
と感じていたからだ。
また、幼少期をタイで6年過ごしたグローバルな経験と、高校で鍛えられた英語力を持っていた。
大学では、自発的にテニスサークルの幹部になり、サークル内の問題を持ち前のコミュニケーション能力の高さと、思考力によって解決していた実績を持っている。
そんな彼に僕がした支援は、
●沢山の業界を知るために、彼の興味がない業界のインターンを紹介
●ESや面接などで、自分のことをアピールする方法
の2つだった。
その結果1ヶ月後に見事、彼は夏インターンに受かったわけであった。
●私の”就活支援”が彼に”支援”したことは何だったのだろう??
ここで私が彼に行った支援を振り返った時、その支援は
●彼を就活市場という場に引きずりこむ
●彼の人格を就活向きに仕立てること
だけだったのではないだろうか。
つまり
彼の本質的に持ち合わせている人格と、彼の志望していた業界である商社がたまたまマッチング
していたのだ。
そして私はその人格の掘り起こしを手伝い、就活用に仕立てるための情報を共有しただけであった。
就活市場では、しばしば
「就活テクニックを使いこなしている人が内定を多く取得できる”最強”」
であるかのような認識をされる。
しかし、就活市場を作った張本人の人材会社の面接といえば、ひたすら自らのことについて合理化したことを話すだけ。
そう、
総本山の会社における選考には、就活のスキルなど無意味なのだ。
考えてみればそうだ。
総本山の人材会社ではない一般の企業にしてみても、その企業の人事課で働いている人は、人を見極めることを仕事にしている。
そんな彼らを1年も満たないほどの就活テクニックを使ったからといって、その人のことを見極めらないほど人事は甘くない。
そんな時に就活支援として、本当に支援すべきものは
**「受かるための対策方法」ではなく、
「その人を掘り起こし、就活用に仕立て上げる方法」**
であると再認識した。
そう、僕ら就活支援に関わっている関係者は全て、
『副次的な存在』
であり、間違ってもその人の人生をいびつなものへと変えてはいけないのである。
**そう。
**
就活支援をしている私たちにとって就活支援がなにか意味のある存在であってはいけないのだ。
就活をしている彼らがプレイヤーであり、その領域を超えている”就活支援”は本来あるべき就活支援ではないと思った。
大学で体育会に所属&交換留学しながら、会社の経営コンサル・学生団体の幹部をやってました。 その経験を活かしての就活・転職支援、組織マネジメントが得意です。