家族とだから感じあえるぬくもりがある。それを大切に守っていきたい
「いってきます。」
『いってらっしゃい。』
「ただいま。」
『おかえり。』
そんな何気ない会話のやり取りで、母を笑顔にすることができる。
一般的な家庭では、それはごく普通のやりとりなのかもしれない。
だけどそのあたり前なことが、今日は特別に感じたのだ。
両親とはずっといっしょに暮らしてきたが、あることがきっかけで僕はある日から両親に対して心を閉ざすようになった。
両親から会話を投げかけられても、僕はいつもなにも答えようとしなかった。
そうした空白の時間が過ぎていくとともに、家族の間には溝が生まれていった。
そんなあるとき、母は定期検診で癌が見つかった。食道がんだった。
とはいえ、初期の段階での発見だった。
しかし、内視鏡では取り除けなかったため、手術をせざるえない状況だった。
僕はそのときになってようやく母の存在の大きさに気付いたような気がした。
どうしてもっと会話をしなかったんだろう。
どうして悲しませることばかりしてしまったんだろう。
いくら初期段階とはいえ、手術をしているあいだは恐怖と不安に襲われた。
手術を終えて、しばらくしてから集中治療室から出てきたとき、多くの管が取り付けられた母を見て僕は一瞬言葉を失った。
そのときに僕は、母との時間をもっと大切にしようと思った。もう悲しませるようなことはしたくないと思った。
あと何年いっしょに家族ができるかわからないから、いっしょに過ごす一日一日をこれから大切にしていきたいと、そう誓った。
まだ会話はどこかぎこちなさはあるし、素直に自分を出せない部分はあるが、
「ただいま」
「いってきます」
そんなひと言で母が笑ってくれるなら、そうして一歩ずつまた元の家族に戻れるように話しかけていきたいと、そう思った一日だった。
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