息子人形

 親子が海辺で遊んでいる。それは昔の話。
 その光景を一人の男が見ていた。男にはきよと一郎という妻子があったが、腕のいい飾り職人だった男は立身出世のためと置いてきた。
 結果はそこそこ成功した。
 そこそこの金を稼ぎ。金を送り。そして、しずという名の女と暮らすようになった。
 男が金を送るのが惜しくなった時。しずに子ができた。男は妻子に金を送るのを止めた

 そして、しずは腹がさけて死んだ。男は恐ろしくなった。自分の浅はかさを後悔した。
 男は海辺で遊んでいる親子を眺めていたのだった。海は日の光を反射してきらきらと輝いていた。
 男が家に帰ると包みが置いてあった。不思議なものだと包みを開けると中に左足が入っている。
 息子です。
 簡単な文章が書かれた紙が添えられていた。気味が悪かったが捨てるのも恐ろしかったので男はそれを家のすみに置いた。
 次の日にも同じような包みが置いてあった。同じように。息子ですと書かれた紙が添えられ、右足がはいっていた。
 男は気味が悪くなった。家から出ず、いや出る気がわかず、ただ包みを眺めていた。
 いつだろうか寝てしまった。目を覚ますと腕の中に包みがあった。
 男は叫び包みを放り投げたが、確認しないわけにもいかないと包みを開けた。
 腰だった。同じように息子ですと書かれた紙が添えられていた。
 腰と両足がそろったからか、一つの下半身となり走り回った。
 かたかたかたと走る。
 男が耳を塞ぐと、妻と子の言葉が聞こえた。
「父様は?」
「帰ってきませんよ。だから遠くで待っていましょう」
 ぼちゃんと水に落ちる音が聞こえた。
 男は手を離す。涙が止まらなかった。
 かたかたかたと走る音が聞こえる。
 次の日目を覚ますともう片方の手が届いていた。
 次の日にも手が届いた。
 あと少しです。
 言葉が変わっていた。
 次の日には胸が届いた。胸には一郎と書かれている。
 そして、頭が届いた。届いたのだろう。男が目を覚ますと一体の人形がいた。
 父様と人形は言った。男は人形を抱き締めた。
温かかった。
 男は人形を突き飛ばす。人形の頭が半回転して後頭部が男を見つめる。男は後頭部に見つめられていると感じた。
 頭がゆっくりと回転する。
 また逃げるんですかと人形は言った。
 男は人形を息子と認めた。この人形は償いとするに充分な苦痛をくれるだろうと思ったからだ。それからの生活はただ苦痛だった。
 そして幸せだった。
 ある日、家族皆で暮らしたいと人形が言った。本物の一郎と暮らす。それはどんなものだろうか。別れた時は一郎は小さかった。この人形のように大きくなったのだろうか。男はそんなことを考えた。そして今男は妻子に許されたのだと思った。
 ありがとうと男は人形に伝え泣いた。
 きよは年を取っただろうねと男は呟いた。
 人形は男を見つめた。
 母の名はしずですよ。
 そう人形は言ったのだった。

#創作大賞2023

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