見出し画像

ブルノ滞在記26 ブルノ最終日、出版社ホストの編集者との面談

今朝は6時半に起床。朝食を食べてから、しばらくサボっていたヨガをする。ちょっと身体が硬くなっている……。今日はブルノ最終日。荷造りをして、少し部屋を掃除する。洗濯用洗剤やキッチンペーパー、アルミホイルの余りなど、まだ使えそうなものは、来月ポーランドから来られるという滞在研究者の方のために置いていくことにした。できる限り荷物を減らそうと思ったのだが、案の定スーツケースはパンパン。半分は本でいっぱいである。スーツケースを持ち上げてみた感覚では、多分30kg前後といったところ。エミレーツ航空の預かり荷物の上限は30kg、手荷物の上限は7kg。リュックサックの荷物を合わせて37kgで収まるか怪しいところである。やはり郵送か……?

10時前に全ての荷物を持って家を後にする。最初に向かったのはブルノ中央駅。今日は移動が多くなるし、時間の制約もあるので、ケチらずに1日乗車券を買ってトラムを活用することにした。駅の荷物預かり所にスーツケースを預ける。係りのお姉さんはスーツケースを持ち上げて「重っ……50kgくらいあるんちゃう……?」と呟いた。さすがにそこまでないと思うけど……(50kgの荷物は多分わたしには運べない)。 続いて、アテンドのJさんにアパートの鍵を返しにブルノ・モラヴィア図書館へ。事務所にはJさんの他にも、チェコ文学センター長を務める古き良きヨーロッパ人クラフルさんや、ブルノ・モラヴィア図書館館長を務める冗談好きのクビーチェクさん、チェコ文学センターのブログ記事や出版社ホストの編集者との面談の調整をしてくださったPさんともお会いすることができた。Jさんは、わたしのために自作のハーブティーを用意してくださっていた。やったー!

「今日ブルノを発って、プラハ経由で日本に帰ります」 と言うと、クビーチェクさんは、 「ブルノへはウィーン経由で来るものだよ」 と言いながらニヤリと笑う。ブルノはチェコ第2の都市、プラハに対してコンプレックスを抱きつつ、自分たちの方が文化的だ、先進的だと信じている。こうしてブルノ人とプラハ人は日々対立しあっているのだ。まぁ、確かにブルノはプラハよりウィーンの方が近い。次はウィーン経由にしよう。

みなさんに心からのお礼をお伝えして、図書館を後にする。 近所の郵便局で絵葉書を送って街中に出ると12時前。出版社での面会は13時なので、どこかで簡単なお昼をとることにした。ヤナーチェク劇場裏の広場に足を運ぶと、稽古中のオペラ歌手の歌声が聞こえて来た。ベンチに腰をかけて、歌声をバックミュージックに、家から持ってきた残り物のパンにバターを擦りつけて食べる。バックミュージックとの落差……。その後スタンドで買ったコーヒーを飲みながらしばらく広場でボーッとした後、トラムで出版社まで移動した。

画像1

出版社ホストはこの建物の裏にある。手前にあるのはデザイン事務所らしいが、もしかしたらホストの本の装丁を担当しているのだろうか。 ホストの事務所は、自社の本を並べた木製の本棚で各部屋を仕切った、開放感があって清潔な、居心地の良い空間だった。本好きにはたまらない場所だ。編集者のŠさんが奥の部屋へと招いてくださる。わたしと同い年くらいだろうか? まず出版社のざっくりとした歴史を教えてもらった。出版社ホストの前身となったのは、1921年に刊行され始めた雑誌ホスト časopis Host。社会主義時代には名前をホスト・ド・ドム Host do domu に名前を変えて雑誌を刊行。時には地下出版(旧東欧圏ではサミズダトsamizdatという)として刊行されていたこともあった。冷戦終結後、1996年に出版社が設立され、2000年代にはスウェーデンの推理小説の出版で成功を収めた。現在ではチェコ文学を中心とした文芸書やSF、ファンタジー小説、児童文学などを強みとする、チェコ有数の出版社となっている。

さて、今回わたしには重大な任務があった。ホストから出版されているとある本の翻訳権が、特定の人物や出版社におさえられていないかを確認するというものだ。ホストで刊行された作品の著作権は、どうやら1人の担当者が一括管理しているらしい(もしかしたら補佐のような人が何人かいるのかもしれないが)。Šさんは快く、「では、あなたをCCに入れてDさんに問い合わせメールを送っておきますね。他にも、もしホストから出版されている本の著作権に関して問い合わせがある場合は、彼女に連絡をとるといいですよ」と答えてくださった。なんてありがたい!

続いて、「実はわたし、翻訳だけではなく同人雑誌の出版もしておりまして……」と言いながら、Šさんに『翻訳文学紀行』の創刊号、第2号、第3号のサンプルをお見せした。Šさんは「わぁ綺麗ですねぇ! デザインがとても素敵!」といいながら、『翻訳文学紀行』を手に取ってじっくり目を通してくださった。特にŠさんの関心を引いたのは、第2号に掲載されている詩だ。日本の大手出版社は、詩や戯曲、とりわけ海外の詩や戯曲の出版を嫌う傾向にある。それは、ページあたりの情報量が少ないからだと、誰かから聞いたことがある。もしもそれが本当だとしたら、全くくだらない。特に詩は、印刷されている字数が少ないのであって、行間を読めば情報量は散文よりも圧倒的に多い。だからこそ、わたしは『翻訳文学紀行』では詩や戯曲をできるだけ紹介したいと思っている。そう言うと、Šさんはおもむろに立ち上がって姿を消し、2冊の冊子を持って再び現れた。なんと、Šさん自らが書いて出版した詩集だそうだ。「差し上げますよ」と彼は言う。一方はちょうど『翻訳文学紀行』と同じく文庫本サイズ。「これだとポケットに入るから、どこでも好きな時に読めるんですよね」とŠさんは言った。「そう、わたしもちょうど日本の満員電車で現実逃避をしてもらいたくてこのサイズにしたんです」とわたしは答える。やっぱり本作りの話をするのは楽しい。

次に質問したのは、ホストから日本文学の翻訳がどのくらい出版されているかということだ。残念ながら、チェコでは日本語からの翻訳ができる人の母数が限られている。そのため、日本文学の紹介はなかなか難しいそうだ。それでも最近は平出隆の『猫の客』という本が出版されているようだ。

最近日本では、母娘関係やフェミニズム関係の作品が増えて来ていますという話をすると、「韓国でのブームを受けてですね」と言って、最近チェコ語に翻訳・出版されたという『82年生まれキム・ジヨン』のチェコ語訳をくださった。これもホストから出ているんですね……さすが! そんなことを思っているとŠさんは、「母娘関係、フェミニズムに興味があるならば……」と言って、彼はわたしが興味を持ちそうな本を数冊選書してくださった。特にお勧めしてくださったのは、2018年に刊行されたヴィクトリエ・ハニショヴァー Viktorie Hanišová の『キノコ狩りの女 Houbářka』だ。
「この作品は結構重いですけどね……」
「まぁ、母娘関係の問題を描いたものは大抵重いですけどね……」
と言いながらふたりで笑う。

画像2

結局計10冊の本を頂くことになった。これは郵送決定である。「荷物になってしまいましたね……。でも本に携わる人の運命ですよね……」と言いながらŠさんはわたしを見送る。わたしは、「もしあなたの作品が気に入ったら、ひょっとしたら『翻訳文学紀行』に掲載させていただくかもしれません。その際はご連絡しますね」と彼に伝えて、事務所を後にした。

バス出発まで残り2時間。トラムで駅の近くにあるスーパーへ行き、優しそうな店員さんを探して、不要になったバナナ用段ボールをもらう。バナナ用の段ボールは大きくてものすごく丈夫なので、本を送るのには最適である。段ボールを抱えてブルノ中央駅の荷物預かり所に向かい、スーツケースを受け取る。そして、駅の片隅でスーツケースを展開し、すぐに必要ではない本を段ボールに詰め込んでいく。ちょうどきれいに段ボールに収まった。緩衝材として、しばらくは使わないであろうセーターや洗濯ネットを入れて蓋を閉め、箱をガムテープでぐるぐる巻きにする。そして、本のみっしり詰まったこの段ボールをスーツケース の上に載せて、バランスをとりながら駅に隣接している中央郵便局まで運んでいった。一苦労だ。

中央郵便局は混み合っていた。多分ウクライナの方ではないかと思われるご夫婦が、故郷にいる人に物資を送ろうと郵便局員と何やら激しく交渉し続けている。出発時間まで1時間。間に合うだろうかとそわそわし始める。出発40分前にようやく自分の番が回って来た。「重くてごめんなさい。日本にできるだけ安く送ってください」と伝えて、郵便局員の方から渡されたフォーマットに住所や送り先を書込み、なんとか受領してもらう。しめて2231コルナ。とはいえ、エミレーツ航空の荷物の超過料金よりは安いし、何よりこれだけ重いものを持ってプラハへ移動はできない。必要経費、Šさんの言うとおり、これが本に携わる者の運命なのだ。

スーツケースをひいて早足でバスターミナルへと向かう。バス停の案内は結構雑で、受付のお姉さんはすごくつっけんどんだった。しかし、どうやらわたしの話し声を聞いて同じバスに乗ることに気づいたお姉さんが、「バスは遅れてるみたいよ。同じのに乗るから、来たら教えてあげる」と言ってくれた。なんて親切な方……。

こうして16時10分発の長距離バスに乗り、19時過ぎにプラハに到着した。駅では、わたしが渡航まで滞在することになるアパートの近くに住んでいるMさんが8歳の娘さんを連れて待ってくれていた。Mさんははきはきした元気な女性で、「わたしの方があなたよりも大きいから、スーツケースは持ってあげるわ!」と言って家まで送ってくれた。

明日は午前中にPCR検査を受けて、チェコ語のネイティヴチェックで散々お世話になっている友人に会う。

しかし、あぁ疲れた。今日はよく休もう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?