ブルノ滞在日記21 街に出かける
今朝は6時に起床。朝食を食べて夫と電話する。新年度前で、夫は仕事が忙しそうだ。今日の予定を聞かれて、「今日は夜に劇場に行くから、午前中に図書館に行って、午後は家でゆっくりする」と答えたものの、結局諸々のメール対応をしたり、借り出した本の写真を撮っているうちに昼前になっていた。昼食をとっていると、夫の実家からLINEが届く。ブルノに到着してすぐに送った絵葉書がとうとう届いたようだ。それと前後する形で、フランクフルトの親友からもヴォイスメッセージが届いた。彼女にも、同時期に送った絵葉書が届いたようだ。日本への郵送もフランクフルトへの郵送も同じ時間がかかるとは一体……。まぁ届いたならいいけど。
フランクフルトの友人とは、彼女が2015年に半年間だけ日本に留学していた時に知り合って、それ以来わたしが欧州に渡航する度にフランクフルトやプラハで会ったり、日本とドイツで絵葉書のやり取りをしたりしている。哲学科出身で、フェミニズム活動家で、細くて背が高くて非常に野性的な女性だった。日本留学中には、フェンスをよじ登って、まだプール開きしていない大学裏の水泳部用プールに入ったり、恋人と一緒に青春18切符を使って、瀬戸内の海辺にテントをはって寝泊りしながら九州まで旅行をしたりしていた。彼女がいなければ今のわたしはいなかっただろうというくらい、わたしに影響を与えた友達だ。
-葉書届いたよ! まぁ確かにコロナ禍ではあるけど、今は旅行にはもってこいの時期だし、会いにおいでよ!
-葉書届いてよかった! うーん、会いにいきたいのは山々なんだけど、3月末で日本に帰っちゃうんだよね。
-そっか。そんなすぐ帰っちゃうのか。
-でも絶対またヨーロッパに戻ってくるから、その時は絶対に会おうね! あと、こっちにきてからうつ病はすごく回復してきてるから!
-よかった! 外国にいるときは気持ちがリフレッシュされるよね。
彼女は芯が強くて、勇敢で、自分の意見をしっかりと率直に表明する、本当にかっこいい女性だ。写真を撮るのもうまいし、文章を書くのもうまいし、人と仲良くなるのも早い。彼女はわたしの親友であり、わたしの憧れの女性だ。
昼食を終えてから、さて図書館にいこうかと思ったのだが、そうするにはあまりに天気がよかった。春の陽気に誘われて街へ出てゆく。平日にしか開いていない本屋と古本屋を巡ることにした。
これまでは、チェコに渡航した際は、目に飛び込んできた本は迷わず購入するようにしていた。けれども、最近はキンドルで読めるものも増えているし、著作権が切れているものに関してはデジタル化されているものも多い。どうしても紙で欲しいものだけを厳選することにした。
なんと、ブルノ滞在記12で紹介した、チェコの現代作家10名によるアンソロジー"Všechny za jednu"の続編『今日はまだ Dnes ještě ne』が並んでいた。多分出版されたばかりだ。違う出版社から出ている類似のアンソロジー『鏡像は見た目より近い Objekty v zrcadle jsou blíž, než se zdají být』も購入。最近『翻訳文学紀行』の編集をしているからか、アンソロジーに自然と手が伸びてしまう。それぞれがどんなテーマで、どんなふうに組み立てられているかが気になるのだ。もうひとつ購入したのは、週刊誌レフレクス Reflex で文学賞を取り、今年のマグネシア・リテラにもノミネートされているカテジナ・ルトチェンコヴァー Kateřina Rudčenková の『アマーリエは動かない Amáliina nehybnost』。チェコ文学センターが毎年出している外国向けの現代チェコ文学紹介の中で取り上げられていた中でも一番興味をそそられたものだ。探していたのになかなか見つからなかったのだが、とうとう手に入った。日本語や主人公の日本に対する関心について言及されているということだが、それ以上に「非母性 non-motherhood」というテーマに取り組んでいるという点で非常に興味をそそられた。
わたしの周りにも、「女性は子どもを産みたいものだ」「母にとって子どもはいつだってかわいいものだ」という昔から社会全体に刷り込まれているイメージに違和感を覚えている人は多い。「別に社会的・経済的な障害がなくとも、子どもを持ちたくない」などと言うと、「自然に反している」と言われたり、「何か問題がある家庭で育ったのではないか」と妙に勘繰られたりすることもあるそうだ。わたしも以前、どこかの偉い理系の大学教員に、「30代くらいになると、絶対に自分の遺伝子を残したくなるよ」と言われたことがある。もちろんそういった衝動を感じる人もいるかもしれないし、それを否定するつもりはない。けれどもそうは感じない人もいるということは、もっと多くの人に理解しておいてほしい。わたしは32歳だが、今のところ自分の遺伝子を残したいという衝動は大して感じていない。
どんな内容かは読んでみなければわからないが、内容によっては日本で紹介したら面白いのではないかという気がする。少なくとも既に何人か、この作品に関心を示しそうな人の顔が浮かぶ。もちろん、話題になっている作品だし、日本に関係する作品でもあるので、既に他の翻訳者に翻訳権を取得されてしまっているかもしれないけれど……。でも、それはそれで良いのだと思う。作品が紹介されて作者の言葉が読者に届くということが、何より重要なことなのだから。そう思えるようになっていると気づいた瞬間に、心に余裕が出てきたな、と思った。
帰り道はお気に入りのルジャーンキ公園 Park Lužánky を横切った。たくさんの人が、わたしと同じく春の陽気を楽しみに公園にやってきている。「本当は図書館に行かなきゃいけなかったのに」という罪悪感を薬で癒して、公園を少し散歩した。
今日はこの後夕飯を食べて、着替えて、ヤナーチェク劇場でオペラを観に行く。渡航直前に届いた友人のお母さま特製の白いロングスカートと、夫のお母さんのお下がりのシルバーの靴を履いて。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?