見出し画像

loop and,

眩い朝だった。

或は、それは夜だったのかもしれない。

薄っすらと目を開けた僕の視界に、大きな影が揺れた。頬を撫でる風は確かに自然な不安定さを保ち、ここが外であるということを僕に知らせる。

淡い桃色の、綿菓子のような空が見えた。

確か、僕は一人で学校からの帰り道を歩いていたんだ。

いつも通りの見慣れた景色。すれ違う友人は、僕が住むアパートの4ヶ月分くらいの値段もするロードバイクにまたがっていた。颯爽と去っていく背中を見据えて、あの自転車じゃ二人乗りはできないぞ、と思ったことを覚えている。後ろに乗せる誰かも居ないのに、だ。

錆び付いたブレーキだかタイヤだか知らないが、僕の自転車は押しても漕いでもギィギィと音を立てた。それがみっともなくて、最近はあまり自転車にも乗らないようにしている。徒歩での通学なんてやってられるかと思っていたけれど、実際に歩いてみると何とかなる。最近は片道30分のところを、敢えて40分かけて歩くことが好きだった。

大して教科書も入っていないリュックサックには、僕がかろうじて大学生として誇るべき薄型のノートパソコンが入っている。近未来を想わせるデザインに憧れて最新型を買ったものの、あっという間に旧型へと転落しようとしている代物だ。電子機器に金をかけるのはキリが無い。たぶん、あのロードバイクなんかも同じだろう。

大学生活も折り返し。すっかり見慣れた通学路をゆっくり歩きながら、ふっと誰かに呼ばれたような気がして振り返った。見知らぬ顔の集団がやけにわいわいとはしゃぎながら定食屋の前で屯っている。誰か知り合いがいるのだろうかと目を凝らしたけれど、あまりよろしくない中途半端な視力ではみとめられなかった。

気のせいかと、再び進路へ目を戻す。

「あ」と小さな声が出た。

道路の真ん中に見えたのは小さな影。なんとなく、僕はそいつを知っていると思った。目が合った。そいつが笑った。なんとなく、そんな気がした。

甘い匂いがして、僕の視界がゆっくりとまわる。

観覧車が見えた。

或は、僕は観覧車になった。

流線形の街は知らない場所だった。だけど、妙に懐かしいような気もした。

ギィギィと、どこかで軋んだ音がする。

それは僕の声だった。

或は、君を呼ぶ誰かの声だった。

風をきって鳥が飛んだ。真っ白な、目の無い小鳥。

僕はなんだか悲しくなって、だけど同時にとても幸福だと思った。

こんなに美しい空を見たことはない。

ぐちゃぐちゃになった基盤がキラキラと、星屑のように光を潰した。

(暗転)

===========

こうして巡っていくものがすき。

読んでいただいてありがとうございます。少しでも何かを感じていただけたら嬉しいです。 サポートしていただけたら、言葉を書く力になります。 言葉の力を正しく恐れ、正しく信じて生きていけますように。