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『百年後、ぼくらはここにいないけど』 〜生きた証をジオラマに込める

こんばんは、ことろです。
今回は『百年後、ぼくらはここにいないけど』という本を紹介したいと思います。

『百年後、ぼくらはここにいないけど』は、著・長江優子、写真・本城直季のヤングアダルト小説です。
全部で6章あり、中学校の地理歴史部が「百年前の渋谷駅」のジオラマを作るお話です。

主人公は、石田健吾(いしだ けんご)。中学三年生。チレキの新・部長。
渋谷駅のジオラマを作ることになって最初は嫌々ながら話を聞いていたけれど、太陽がいなくなって代わりに部長を任されるようになってから本格的にジオラマとも部員とも過去とも向き合わざるを得なくなった。
前に鉄道関係のジオラマ(レイアウト)を作ったことがあるので、そういう意味でもジオラマ作りでは司令塔になっていく。

草野太陽(くさの たいひ)。中学三年生。チレキの元・部長。
「太陽」と書いて「たいひ」と読む珍しい名前。本人曰くキラキラネームではなくクソクソネーム。
健吾と中一の頃からチレキ部員をしている。
秋にある「学習発表会」でジオラマを作るところまでは決めたものの、自身はカナダへ留学してしまう。
大きなジオラマの土台を作って置いて行った張本人。

仁村沙帆(にむら さほ)。中学三年生。新・副部長。
最終的に沙帆の発言で「百年前の渋谷駅」のジオラマを作ることになった。
百年以上つづいている実家のそば屋について昔からクラスメイトにからかわれてきたため、ジオラマにそば屋を入れることに複雑な心境を持っていたが、歴史や地理を調べ直していくうちにわだかまりも解け、心から楽しめるように。
ジオラマ作りでは、先生と一緒に建物を担当した。

長谷川悠羽也(はせがわ ゆうや)。中学二年生。チレキ部員。
漫画家の父を持つ影響で、父の漫画の話をすることが多い。
太陽にも、よく懐いていた。
輝華と共にムードメーカー的存在。
機転を利かせて、ジオラマの建物をネットオークションで安く大量に入手する。
ジオラマ作りでは、地表を担当した。

磯野輝華(いその てるか)。中学二年生。チレキ部員。
実家が居酒屋をしている。
沙帆とは幼稚園の頃からの付き合い。
ジオラマを作るにあたって部費が足りないと嘆く健吾をよそに、身近なものでジオラマの材料(素材)を作ってしまう天才ぶりを発揮する。
ジオラマ作りでは、地表を担当。センスがある。

牛島楓(うしじま かえで)。中学一年生。チレキの新入部員。
春に島根から引っ越してきた。戦国武将・武田信玄のファン。筋金入りの歴女。
いつも、おどおどしているというかビクビクしていて発言も声が小さい。とはいえ、内に熱いものを秘めており芯はある。
みんなからは「ウッシー」と呼ばれている。
ジオラマ作りでは、地表を担当していた。

堀田(ほった)先生。チレキの新しい顧問。三十歳くらいの若い男性。
前は建築関係の仕事をしており、よく家の模型なども作っていた。
顧問になったからには廃部への道を辿っているチレキをどうにかしたいと、校内のイベントごとには積極的にアピールしようと提案する。
新しく部長になった健吾を支えるため、交換日記を始める。
ジオラマ作りでは、沙帆(建物作り)のサポートをした。


大まかなあらすじは、というと……
廃部の危機に瀕している地理歴史部(通称・チレキ)の部員である健吾は、太陽とともにのんびりとその時間を楽しんでいたが、春になり中学三年生になると顧問が変わり、このまま部をなくしてしまうのはもったいないと諭される。部長の太陽が新入生歓迎会で頑張るも部員は一人増えただけ。このままではまずいと、秋頃にある「学習発表会」では今年からはちゃんと皆に見てもらえるようにしっかりしたものを作ろうと先生が提案。夏にある課外活動もそれに関連づけたものをするように。

話し合いの中でだんだんと「百年前の渋谷駅」のジオラマを作ることが決まり、計画を立てていく。
しかし、その矢先に部長である太陽がカナダへ留学することになり不在に。2メートルもある大きなベニヤ板(ジオラマの土台)を残し去っていった太陽に代わって、部長になった健吾はジオラマ作りの経験もあることから司令塔となる。
最初は嫌々ながらやっていたこの活動や部長という肩書きも、だんだんと部員や先生と打ち解けていくにつれ、前向きになり、心から真剣に取り組めるようになった。

それと同時に、前に付き合っていた彼女との過去についても、気持ちが整理され、前に進めるように。
太陽に対する嫉妬心やさみしさのようなものにも折り合いがつき、ジオラマ制作に没頭する。

完成したら、その出来が良かった場合、歴史博物館に展示してもらえるということになり、いよいよ「学習発表会」を迎える健吾たち。当日はたくさんの人に見てもらい、完成してよかったと、作ってよかったと喜ぶ。博物館の人にも見てもらった結果、ぜひ博物館に展示させてほしいということになり、さらにみんなで喜びあった。

百年後、ぼくらはここにいないけれど、百年後の渋谷はどんな姿になっていて、チレキはどんな風になっているのだろう。ジオラマを作ったことにより、最初は想像すらできていなかった百年前の風景や人々の営みがわかるようになって、渋谷という街の姿は変わってしまったけれど、変わらない人々の心があるということを学んだ健吾たちは、今まさに百年に一度の大工事をして生まれ変わろうとする渋谷の街を眺めて、自分たちも百年後の人々にどう見えるのだろうかと、ぼくらの営みがあったことを忘れないでほしいなと願ったのだった。


この小説の大事なところ(ポイント)は、ありきたりな感じでいうと主人公の気持ちの変化や成長、そして、みんなで協力して何かを成し遂げていくところですかね。
もともと、めんどくさいことには関わりたくないような雰囲気の主人公でしたから、三年生になって部活の雰囲気が変わったことに少し苛立ちを感じていました。このまま怠惰な感じでよかったのに、なにやる気出しちゃってんの? と言わんばかりの態度。太陽も仲間だと思っていたのに部長になって新入生歓迎会で頑張ってみたり、顧問の先生とも仲良くし始めて、部の空気を変えていこうとする姿勢に「どうしちゃったんだよ?」と内心焦っていた。キャラちがうくない? と。
しかし、太陽がカナダへ行ってしまってから、健吾は変わらざるを得なくなってきます。
突然やってきた部長としての責任。みんなをまとめあげていくには、どうすればいいのか。高校受験やテストもあるのに(塾にも通っている)、勉強と両立しながらジオラマ作りをやれるとこまでやらなくてはいけない。
もともと、やるからには中途半端なものは作りたくないというタイプなので、一度火がつけばやれるのですが、今まではひとりで作ってきたこともあって、誰かと協力しながら、自分に無いいろんな視点から意見を取り入れて形作っていくということをしたことがない健吾は、戸惑いと自分のひとりよがりに気づいて軽くショックを受けたり、思い込みのようなものがあったのだということにも気づき、部員たちと交流する中で徐々に自分を打ち砕かれ、成長していきます。
成長するにつれ、だんだんと部員を信頼するようになったり、素直に良いところを褒めたりすることができるようになりました。
過去の彼女との思い出を振り返りながら、なんて自分は子供だったのかと思い知ることもできました。
そうやって、いつのまにか部活の空気が変わり、一致団結できるようになると、作業も捗り、完成度もアップしていきます。
無事に「学習発表会」も終わり、展望台からみんなで渋谷の街を見ていたときに「あとはよろしくな」って後輩たちに思いを告げられたのは、良い時間を過ごせた証拠だなと思いました。

もうひとつ、個人的に思ったのは、ジオラマを作るということは誰かの思い出を再現することにつながっていくのだろうなということ。かならず誰かの思い出にぶちあたるというか、みんなそれぞれが持っている思い出のひとつひとつを再現することは無理でも、その共通する何かを感じ取って再現していく、作り上げていく感じなのかなと思いました。
ジオラマを作る上で欠かせないのがリアルに作ること、そしてリアルとは季節感と生活感なのだそうです。思い出というのが生活感につながるのかなと思いました。

それと、これはおまけなのですが、最後のほうで「百年後、ぼくらはここにいないけど」というタイトル回収しているシーンがあるのですが、ジオラマを作ったことにより昔の人の息遣いがわかるようになって、なんとなくでも自分たちを俯瞰して見られるようになったのだなと思いました。百年後の人たちが今の自分たちを見るとき、あるいは自分たちのようにジオラマを作ることになったとき、どんな風に見えるんだろう、どんな風に作るんだろうと考えられたことは、とても良いことだと思います。
都市開発によってどんどん街並みが様変わりしていきますが、消えていくものにもちゃんと思いを馳せながら、残していけるものは残していってほしいなと思います。そうやって大人になったときに、自分も街作りの一員なんだという気持ちを忘れないでほしいなと思いました。(今ちょうど私の住んでいる地域の小学校に統廃合の話が持ち上がっていて、それは街作りにも影響してくる大きな話になっているようだったので、ジオラマ作りをするために渋谷の街のことを調べていって今はもう消えてしまったものたち、今回の都市開発で同じように消えていくものたちに思いを馳せている主人公たちに自分の思いが重なって見えたのでした。)


さて、いかがでしたでしょうか?
タイトルだけでは中学生が百年前の渋谷駅のジオラマを作る話だとはわからないのですが、読んだ後はなるほど表紙の写真もジオラマですし、百年後ぼくらはここにいないけど……という思いもわかります。
渋谷のことは全然知らなかったのですが、ちょうど今年の一月に東京に行ったときに泊まったのが渋谷で、なんだか親近感が湧いたというか、私も勉強になりました。百年前の姿もそうですし、先生と一緒に今の渋谷を見て回るシーンもあるので、もしかしたら聖地巡礼なんかもできるかもしれませんね。渋谷について詳しい人は、読みながら情景が浮かんで楽しいかもしれません。
ジオラマってどんな風に作られてるんだろうという疑問も、文章ではありますが想像できますし、中学生が本当に作ったりできるの? 難しそうじゃない? と思ったりもしますが、実際に中学生でも作られてる方はいるみたいですし、私もキットなどで作ってみたいなと思いました。

それでは、また
次の本でお会いしましょう〜!


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