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『しずかな魔女』 〜よく見て、よく考えること

こんばんは、ことろです。
今回は『しずかな魔女』という本を紹介したいと思います。

『しずかな魔女』は、著・市川朔久子(いちかわ さくこ)、装画・平澤朋子(ひらさわ ともこ)の児童文学小説です。
著者の市川朔久子さんは、前に紹介した『紙コップのオリオン』の著者でもあります。
この物語は、小説の中に小説が出てくる作中作がメインになっており、主人公が通う図書館であるきっかけで手に入れた作品を読むことになるのですが、その物語がこの小説の大半を占めています。
『はじまり/第一章 かしのき団地の夏休み/第二章 さいしょの修行/第三章 ダンゴムシの旅/第四章 二号棟五〇四号室/第五章 魔法の書/第六章 お祭りの夜/第七章 切れた!/第八章 消えたひかり/終章 しずかな魔女/もうひとつのはじまり』という構成となっており、「はじまり」と「もうひとつのはじまり」が主人公・草子の物語、間に挟まれている第一章から終章までは作中作となっています。

主人公は、瀬尾草子(せのお そうこ)。
中学に上がってなんとなく学校に行けなくなり不登校となる。
日頃は図書館に通っており、勉強したり読書をしたりして過ごしている。
司書の深津さんとは顔見知りになり、困ったときに何度も助けられた。
人との交流がないためうまく喋れなくなっているが、なんとか自分を変えたいと思っている。

深津さん
草子が通う図書館の司書。女性。
いつもさりげなく草子を気にかけてくれる。
草子が心ないことを言われ傷ついているときに「しずかな子は、魔女に向いてる」という言葉をお守りにくれた。

館長
草子が勝手に「館長」と名付けた、本当は深津さんの上司か同僚の男性。館長ではないらしい。
草子は館長のことがちょっぴり苦手。学年主任に似てるのだとか。

***

深山野枝(みやま のえ)
作中作の主人公。かしのき団地の一号棟、二〇二号室に住んでいる。
とつぜんやってきたひかりと仲良くなり、夏休みを一緒に過ごす。
周りに静かな子だとよく言われて、ちょっと気にしている。
小学四年生。

早川ひかり
野枝と同じ小学四年生の女の子。
ある事情から、かしのき団地に住んでいるユキノさんのところへ遊びに来る。
比較的お年寄りが多いかしのき団地で、たまたまユキノさんが知っている子供といえば野枝くらいだったので挨拶に来た。
それから双子か従姉妹のように夏休み中は一緒に過ごす。
落ち着きがない子と思われていることを、ちょっと気にしている。

ユキノさん
ひかりのおばあちゃん。
複雑な家庭事情があり、一時的にひかりを預かっている。
「おばあちゃん」ではなく「ユキノさん」と呼ばれているのにも理由があり……?


午前九時、瀬尾草子は開館したばかりの図書館の扉を押し中に入ると、いつも座っているあまり人の目につかない席に座ります。
火曜から金曜までは毎日図書館に通って、本を読んだり、少し勉強をしたり、何か考え事をしながら過ごします。土日は混み合うので来ません。
月曜日は図書館が休館なので来れないし、一番きらいな日です。次は水曜日。図書館でお話し会があるので、小さい子とお母さんがたくさんやってきては、草子のことを驚いたように見て、それから気づかないふりをしてすれちがったあと、こっそり振り返って草子のことを見たりする。何も悪いことはしていないのに。草子はその視線がきらいでした。

学校へは、行っていません。
草子は不登校でした。
〈学校に行きたくない子は、図書館にいらっしゃい〉
そんな呼びかけをどこかで目にして、草子は図書館に通うようになりました。
図書館だけが居場所でした。

ある日、草子は端末を使って今読んでいる小説の続きがないか調べていました。というのも、シリーズの三巻までは読んだのですが四巻がいっこうに本棚に返ってこないのです。このシリーズは五巻で終わりなのがわかっているので、本棚にある五巻を先に読むわけにもいかず、途方に暮れていました。
そのとき、カラカラと音を立てながら小さなカートを押した女性が現れました。図書館の人が返ってきた本を棚に戻しているのです。緑色のエプロンをつけたまだ若いその人は、草子に目だけで軽く礼をすると、カートに入った本を一冊ずつ棚に入れはじめました。
草子は一瞬ためらいましたが、思い切って声をかけます。
「……あの、ここの、この本なんですけど、四巻だけなくて、それで……」
ああ、と女性は笑顔でカートの中身を確認すると、「もう一度、在庫見てみましょうね」と言ってカウンターのほうに歩き出しました。草子もそのあとにつづきます。
本当のことを言うと、あんまりカウンターには近づきたくありませんでした。あそこはたくさんの大人がいる。なにも言われないとわかっていても、彼らの目はだまってくれない。草子は、女性が調べてくれている間、ずっとうつむいていました。
「すみません、やっぱりまだですね」
「……そうですか」
がっかりして、そそくさと戻ろうとしたとき、女性が声をかけてきました。
「よろしければ、他館から取りよせもできますよ。貸出カードをお持ちならすぐに手続きできますので、お申しつけくださいね」

取り寄せを頼んだ本は三日もすれば届きました。これで心置きなく最終巻へと進むことができます。貸出の手続きをしてくれたのも、あのときの女性でした。名前は「深津さん」というようでした。
深津さんとは、その後もときどき顔を合わせました。だからといって、彼女の態度がこれまでと変わることはなく、草子は内心ほっとしていました。親しげに笑いかけられなくてよかった。話しかけられなくてよかった。
草子は、幼稚園のころ、運動会で転んでしまって、それを見た先生が手を引いて一緒に走ってくれたのですが、逆に目立ってしまい、それから草子はそんな「親切」はいらないと思うようになりました。
深津さんがそういう、いらないおせっかいを焼く人でなくてよかった。草子はそう思います。

しばらくは、穏やかな日々が流れていきました。
本に囲まれたこの場所で、本を読み、考え事をし、ときどき勉強をしました。
なぜ、ときどきかというと、『長時間の学習はご遠慮ください』と書かれているからでした。ルールを破ってここに居られなくなったら困るし、学校に連絡なんてされたらもっと大変です。
緑のエプロンをした人が通り過ぎるとき、草子は問題集をそっと机の下に隠していました。怒られないようにするためです。
とくに、この図書館でひとりだけいる男性の司書が苦手でした。灰色の髪に眼鏡をかけた姿が、どこか学年主任の先生に似ているからかもしれません。草子はこっそり「館長」というあだ名をつけて、できるだけ顔を合わせないようにしていました。
あるとき、大学生くらいの男性が〈館長〉に、「ここの机って、勉強とかダメですかね? レポートちゃちゃっと終わらせて、ついでに試験勉強もやりたいんスけど」と訊いていました。〈館長〉は、「たしかに、原則としてはそう書いてあります。でもまあーー今日みたいに空いてる日なら、だいじょうぶ。使用されて問題ないですよ」と答えます。
聞き耳を立てていた草子は、なんだ、空いてるならいいのか、と思って、それからはあまり問題集を隠さなくなりました。

それでも、ほかのルールはきちんと守ります。
館内は飲食禁止なので、お茶を飲むときはロビーまで出て行きます。
あるとき、スポーツウェアを着た集団と遭遇し、あわててトイレにかけこんだことがあります。その人たちは、となりの体育館を利用しているシルバーサークルの人たちでした。
小さな事件が起きたのは、七月になった頃。
「ねえ。あなた中学生でしょ。よく見かけるけど、今日が何曜日か知ってる? 学校はどうしたの?」
久しぶりに真っ正面からそう言われました。
相手はシルバーサークルの人でした。
「フトウコウなの?」と覚えたての言葉を使い、「なんだか最近、そういうのが流行ってるみたいだけど。でもねえ、それって結局、あとでこまるのはじぶんじゃないかしらねえ。親御さんは、そのことなにもおっしゃらないの?」とまくしたてます。
草子は、怒りと不快感でいっぱいになります。
親御さんは。
親御さんは、理解してくれてます。「無理しなくていいよ」って、言ってくれてます。「長い人生、そんなときもあるよ」って、そう言ってくれるけど、でもがまんして言わないことがあるのも知ってます。そしてそっちが本音だっていうのも、知ってます。家にいたらそれが見えるから、だから、だからわたしは。
草子は思うだけで、うまく言葉にできません。
胸が苦しくなります。
そんなとき、あの司書の深津さんがやってきて「お探しの本、見つかりました。カウンターにどうぞ」と言ってくれました。ついていく草子。
深津さんはカウンターを通り過ぎ、新着コーナーのところで止まりました。
「このあいだ読んでいらしたシリーズの外伝が出たんですよ。今日から配架です。ほら」
そういって指し示した先には、真新しい本が並んでいました。草子は黙って一冊取ると、ふいに涙がこぼれました。
深津さんは草子をフロアの端に導いていくと、壁の隅にあった小さなドアを開けました。なかに薄暗い階段が見えます。
「職員用です。だれも来ませんよ」
そう言って出ていくと、すぐにまた戻ってきました。ポケットティッシュと水筒を持っています。
「使ってください。あと、これも」
水筒の蓋を開け、なかに入っていたものを注いでくれます。
「この本は取り置きにしておきますね」
それだけ言って、しずかにドアを閉めました。

今までの心の中に仕舞い込んでいたドロっとしたものを、草子は吐き出しました。
たくさん泣いて、ポケットティッシュは空になってしまいました。
深津さんが置いていってくれたお茶を飲むと、のどがすっと冷たくなって心地よい。これはなんのお茶だろう? と思いつつも、草子は水筒をカウンターの邪魔にならないところに返し、急いで荷物をまとめて図書館をあとにしました。

それから、しばらくは足が遠のきました。
でも家にいるのも息が詰まるので、やっぱり図書館に行くことに。
深津さんに会えたとき、なにかお礼を言わなければと思って声を出そうとするけれど、なかなかうまくいかなくて、落ち着かない草子。
返却のときは声をかけられませんでしたが、その後カートを押して本を棚に戻している深津さんを見つけ、思い切って声をかけます。
「……ありがとうございました」
本当はもっとたくさん言いたいことがあったのに、その一言しか出てきません。
「いいえ」
深津さんは微笑んで、またカートを押して次の棚へ向かいます。
思わず、呼び止める草子。
「あの、すみません、ほんとはもっと、ちゃんとお礼を……あの、ごめんなさい。わたし、うまく」
ああ、まただ。ひくっ、とのどが鳴る。だめだ、このままだと泣いてしまう。
「階段、使いますか」
真剣な顔でそう聞かれて、草子の体からふっと力が抜けました。
「だいじょうぶですか」
「……はい」
すみません、とつぶやきます。
「わたし、得意じゃなくて……しゃべるの」
深津さんは少し考えてから、エプロンの胸ポケットからペンを取り出して何か書き始めました。
〈しずかな子は、魔女に向いてる〉
それだけ書くと、「これ、お守りです。だから、だいじょうぶ」と言って、また仕事に戻って行きました。

これって、どういうことだろう。
「しずかな子」って自分のことだろうか?
もしかして、本のこと? タイトルとか、物語に出てくる一文とか。
草子は、翌日から図書館のなかを探し回りましたが、なかなか見つかりません。
深津さんに聞いてみようか、そう思ってカウンターに目を向けたとき〈レファレンス〉という文字を見つけました。
手続きをする草子。
手続きは深津さんがしてくれたのですが、必要事項を記入した用紙を見ながら困った顔をしています。
「あの、申し訳ありません、これはそういうのではないんです。誤解させてごめんなさい。これはむかし、わたしが友人から教わった言葉で……」
「でも、そのお友達は、どこかで読んだのではないですか?」
「いえ、そういうわけでは」
「お願いします。気になるんです、すごく。この言葉が」
深津さんは、じっと手の中の用紙を見つめています。草子はもう一度訴えました。
「お願いします。読んでみたいんです、どうしても」
しばらく考え込んでいた深津さんが、もう一度確かめるように、草子の顔を見て言いました。
「どうしても?」
「どうしても」
「わかりました」そう深津さんはうなずくと、エプロンからペンを取り出して用紙に自分の名前を書き込みました。
「少しお時間がかかりますが、よろしいですか?」
「はい」
「うけたまわりました」
そう言って、小さくうなずきました。

一週間が過ぎ、二週間が過ぎました。
いっこうに深津さんからは返事がありません。
季節はもうすぐ夏休み。
そうなると、子供達が多くなります。知り合いに会うかもしれないし、この席を独占するわけにもいかないので、草子は夏休み中は図書館を利用しないでしょう。
いよいよ明日から夏休み、というところで〈館長〉から声をかけられました。深津さんから何かを預かってきたというのです。封筒でした。
「深津は、今日から夏休みを取っているんですよ」
では、といって持ち場に帰っていく〈館長〉。受け取った封筒の中身を確かめてみると、それは本ではなくて白い紙の束でした。
プリントアウトしたばかりの真新しい紙の上に、小さなメモが添えられていました。
〈お待たせしました。こちらが、お探しの物語です〉
ぱらりとめくる。一枚目にはタイトル。次のページには目次。その次には、「第一章」からはじまる物語ーーけれど、作者名はどこにも見当たらない。
これってーー。
草子の胸はどきどき高鳴りました。一枚目の紙に戻り、タイトルの文字を指でなぞります。
『しずかな魔女』
草子はゆっくりと息を整え、物語を読み始めました。
それは、ひとりは静かで、ひとりはおしゃべりな女の子ふたりの、夏休みの物語でした。

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第一章 かしのき団地の夏休み
主人公・深山野枝は、かしのき団地の一号棟、二〇二号室に住んでいる、小学四年生の女の子。昼間は共働きで家にいない両親でしたので、夏休み中は家でひとりでした。宿題も済ませたし、昼食にもまだ少し早い時間、ピンポンとチャイムが鳴って驚く野枝。知らない人が来ても出てはいけないことになっていましたが、どうやら小学生くらいの女の子が訪ねにきたようです。
その子は、早川ひかり。同じ小学四年生の女の子で、どうやらおばあちゃんと一緒に来たようでした。おばあさんがあとから顔を出します。
「ごめんなさいねえ、急に。びっくりしたでしょう」
野枝はこのおばあさんを知っていました。名前は知らないけれど、たしかお向かいの棟に住んでいるはずです。
孫が遊びにきたけれど、誰も遊び相手がいないもんだから退屈してたの。それで、ここに同い年くらいの女の子がいたはずよって言ったら飛び出して行っちゃって。そう笑いながら話すおばあさん。
ひかりは期待を込めたきらきらした目で「遊べる?」と聞いてきます。
野枝もひとりで時間を持て余していたので、一緒に遊ぶことにしました。

第二章 さいしょの修行
野枝とひかりは、かしのき団地を探検することにしました。
あそこに猫がいたんだよとか、この蟻すごく大きいとか、ぜんぶ五階建てなのは四階だと縁起が悪いからってほんとうかなあとか、他愛のないことを話します。
野枝は自分が昔から大人しい子だと思われてきたのがいやで、自分でもずっと気になっていました。
反対にひかりは、昔から落ち着きがない子と思われていて、それを気にしているのでした。
お互いにそのことを打ち明けて、でもお互いに大人しい子とか落ち着きがない子とは思わなかった(一緒にいると楽しかった)ので、気にしないようになりました。しばらくすると、喉が乾いてひかりのおばあちゃん、ユキノさんの家へお邪魔します。
家に来る前、ひかりが〈しずかな子は、魔女に向いてる〉という言葉を昔ユキノさんから聞いたと言っていて、気になって仕方ない野枝は何かの小説だろうかと考えていました。私も読んでみたいと。しかし、ひかりは言います。
「あのね、野枝ちゃんはね、しずかな子なんだよ」
「向いてる? 魔女に」
すると、ユキノさんが「そうね」と答え、じつは自分も修行中だと答えます。
魔女なんて物語の中だけの話だと思っていた野枝はふたりの会話にびっくりしますが、ユキノさんの言う修行はほうきで空を飛んだり、魔法でなにかをすることではありません。いや、まあ魔法ではあるのですが、小説に出てくるような呪文を唱える魔法ではなく現実的な魔法です。
「よく見ること。そして考えること」
これが最初の修行でした。

第三章 ダンゴムシの旅
野枝とひかりは魔女修行をすることにしました。
〈よく見て、よく考えること〉
これをどうやって実行すればいいのか。
野枝はダンゴムシについて研究したことがあって、そのノートをひかりに見せました。ダンゴムシは歩いていて壁に突き当たると、右、左と交互に曲がる習性があるらしく、これを観察することで修行にならないかというのです。
ひかりは「おもしろーい!」と賛成してくれて、実験をすることになりました。
しかし、あまりうまくいきません。
考え方を変えたふたりは、自分たちがダンゴムシになって右、左と交互に進んでみたらどうなるかという実験をすることにしました。帰りはその逆を通ってくれば迷子になることもない、と。
けれど、結果的には迷子になってしまい、見ず知らずの中学生に助けてもらったのでした。

第四章 二号棟五〇四号室
野枝がひかりのもとへ遊びに行くと、ちょうどユキノさんと外出するところでした。一緒に行こうと誘われてついていくと、辿り着いたのは五〇四号室。空き家です。ひかりは「おばけやしき」と言って楽しんでいますが、要は腰を痛めた自治会の会長さんの代わりにユキノさんがこの空き家の掃除をするというわけです。
三人は汗をかきながら一生懸命掃除をし、家が息を吹き返すのを見ました。
家に帰った三人は、ユキノさんが淹れてくれた冷えた紅茶を飲みながら、また魔法や修行の話をしました。
ユキノさんが出かけて行った頃、野枝とひかりはひそひそ話をしています。
ひかりが五〇四号室の鍵をくすねたので、夜に忍び込もうと言うのです。気が向かない野枝でしたが、夜になってセミの羽化を見にいくと親にうそをつき、こっそり忍び込みました。ベランダで足をぶらぶらさせながら、ひかりが持ってきたアイス片手にお月見です。
「ここが、あたしたちの家だったらよかったのにね」
そう言いながらああだこうだとどんな家にしたいかおしゃべりをして、その日は解散しました。

第五章 魔法の書
この日はユキノさんにお遣いを頼まれて、魔法の書(図書館で予約した本)を受け取りに行くことになりました。ユキノさんは私たち若い子の相手はなんだかんだ疲れるから、私たちが居ないときは昼寝をしているとひかりが言うので、ふたりは夕方まで図書館で本を読むことにしました。本を読んでいるときのひかりはびっくりするほど静かなので、野枝も集中して読書をすることができました。
「どうしてこれが魔法の書なんだろう」
野枝は、ユキノさんが言う魔法が自分の考える魔法とちがっていて、ちょっと困惑気味です。
けれど、ユキノさんの言葉を想像すれば、本は紙とインクで出来ているのに読むという行為をするだけで、ひかりは〈ぜっかいのことう〉のゆうれいやしきに行っていたし、野枝は魔法学校の地下どうくつに行くことができたのです。それが魔法でなくて何なのでしょう?
ユキノさんの家に帰って、借りてきた『世界の美しい風景』という本をみんなで見ることになりました。そこには〈ぜっかいのことう〉もあります。
「いいなあ、行きたいなあ」とふたりで言っていると、ユキノさんは「行けますとも」と答えました。どんなに遠くても、交通手段を調べてホテルもとって自分の足で地球の裏側だって行くことができる。よく見て、よく考えれば行ける。しっかり調べて、準備もおこたらずに。あとは、扉を開くだけなのよ、とユキノさんは言いました。それに驚いた野枝。いつか自分にも行けるでしょうか。
ユキノさんは、ふたりに見せたいものがあると言って、黄色と赤のチェックのワンピースをくれました。ひかりが黄色で、野枝が赤。まるでレモンとベリーのようなその色は、ふたりによく似合っていました。

第六章 お祭りの夜
野枝の住む町では、年に一度、夏祭りがあります。会場は市民センターのとなりのグラウンドで、たくさんの出店が並び、ステージではバンドや太鼓の演奏もあります。花火も打ち上がったりするので、その日は町の外の人たちも集まってくる、にぎやかな日になります。
ひかりと野枝はおそろいのワンピースを着て、お祭りに出かけることにしました。
ユキノさんは、人混みが苦手なので家にいるそうです。
ひかりと野枝は、まず野枝の両親が居る「かしのき団地」のテントに行きました。
ひかりが挨拶をすると、汗だくになりながらわたあめを作っていた野枝のお父さんが嬉しそうに答えます。エプロンをしているお母さんも、自治会の人たちも、みんな嬉しそうな顔をして、おそろいのワンピースを着たかわいいふたりを見守っていました。
しばらく、ひかりと野枝は屋台を見て回ったり光るグッズを買ったりして遊んでいました。こんな夜遅くまで子供だけで遊んでいいなんて、めったにありません。野枝は、ユキノさんが言っていた「あなたたちは、どこへでも行けるのよ」という言葉を思い出していました。
すると、向こうのほうから見知った顔が現れます。同じクラスのリサちゃんです。お友達も一緒に浴衣姿でお祭りを見て回っていたようです。リサちゃんは仲が良かったのですが、最近では少し距離ができています。
また何かいじわるなことを言われるのではないか、そう構える野枝でしたが、リサちゃんはこう言いました。
「そのワンピース、ふたりにとても似合ってる」
生地も、色の選び方も最高で、ふたりの肌や髪の色にもよく合っていると褒めてくれました。どうやら、リサちゃんは、服飾に興味があるようでした。
「きっとあの子も、よく見る子なんだね」
そうひかりが言って、野枝は自分もリサちゃんのことをよく見てなかったのかもしれないと思いました。

第七章 切れた!
第八章 消えたひかり
終章 しずかな魔女

夏祭りが終わったあと、ふたりは秘密基地を作ることになります。
かしのき団地の中の大人に見つかって怒られなさそうな木の上に、捨てられていたすのこを置いて、即席ツリーハウスを作るのです。
ふたりは、だんだん夏休みが終わりに近づいていることに気づいていましたが、それを口にするのは避けていました。寂しいからです。
同じ頃、ひかりの両親が離婚することになり、その話し合いのためユキノさんのところに預けられていたことを知る野枝でしたが、夏休みの終わりと共にひかりは本来の家に帰ることとなります。
また会えると思っていた野枝でしたが、実はユキノさんとは血の繋がった関係ではないため、ここにはもう来れないかもしれないと言われます。
誤ってツリーハウスから落ちてしまった野枝は病院に行くことになり、その間にひかりは両親のもとへ帰って行きました。

(さて、このまま野枝とひかりは離れ離れのままになるのでしょうか?)
(ぜひ実際に読んでみてくださいね。感動の展開が待っています。)

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草子は、カートの鳴る音で我に返りました。
一気に物語を読んで、司書の深津さんのことを思います。

この物語を書いたのは、きっと深津さんだ。
深津さんは、野枝なんだろうか?
ひかりは本当に居た子なんだろうか?
頭の中をぐるぐる考えが巡ります。

物語の紙の束を戻そうとすると、封筒の中から一枚の絵葉書が出てきました。
外国の風景。まわりを海に囲まれた、美しいお城。
〈「ぜっかいのことう」に行ってきます〉
それを見た瞬間、草子はあの物語に戻ったような気がしました。

さて、草子はささやかながら大きな目標を立てます。
それが何なのか、ぜひ最後まで見届けてください。
夏休み明け、草子は深津さんと何を喋るのか。
この物語は本当にあった出来事なのか。
ぜひ、読んでみてくださいね。


長くなりました。
いかがでしたでしょうか?
ここまでしっかりした作中作というものをあまり読んだことがないのですが、草子の話も野枝の話も両方あって素晴らしい一冊になっています。
野枝の物語は最後の方、少しうるっときてしまいました。
純粋な心を描き切ることができる作家さんだなあと思います。
夏休みの一読書にいかがでしょうか?

それでは、また
次の本でお会いしましょう〜!


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