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筍の恩返しNO.1(推しとの出会い編)

人生で推しに会えるのは何回だろうか?
握手会、お披露目会、サイン会、トークショー、コンサート。
会える形は様々だけど、何回その目で耳で肌で感じることができるのだろうか。

私の記念すべき第1回目、人生初、推しへ会いに行ったのは中学生の時。
相川七瀬さんの東京ドームコンサート。14歳で聴いた生演奏の
「夢見る少女じゃいられない」
を思い出すと今でも感動でふるえた時間がよみがえる。
その後の人生で各ジャンルの推しはいても、会いに行く機会はほとんどなかった。気が付けば、夢見る少女でいちゃさすがにまずい不惑を過ぎた大人になっていた。

不惑。
四十にして惑わず。
どころじゃない、日々戸惑いまくりの人生。
孔子さん、なんか聞いていたのと違うんですけど。

そんな、惑って心も体もたゆたう私がこの4月、とうとう推し作家さんに会いに行ける機会を得た!

会えるまでの日々を、まずは綴ってみる。


作家、こだまさん

本を読むことが好きだ。
その時々で読むジャンルはバラバラだが、タイトルや装丁に一目ぼれして手に取り、読み始めることが多い。
ただ、出産し仕事復帰してから、ほとんど読む時間がなくなった。そして読む時間がないくらいだから気持ちに余裕がなくなり、徐々に心身のバランスを崩していった。

2016年、1度深い闇の底に沈んだ。
入院・退院・休職・復帰できないまま退職。底から少しずつ這い上がってはまた戻るの繰り返しだった。
2020年、やっと日常生活を送り仕事も再びできるようになっていたある日のこと。ちょうど不惑を迎えた私は衝撃的なタイトルの本を手に入れた。
こだまさん著書、「夫のちんぽが入らない」。通称、「おとちん」だ。

遡ること2017年、本の発売年に私は闇底にいて本の存在を知らなかった。
3年後、手に入れた本。タイトルに惹かれて手にしたものの、ドキドキして夫や子の目に触れぬよう、厳重に本棚の一番奥に保管した。そして1人になれた時だけコソコソと開く、禁断の本にしていた。

禁断の本、だと思っていた。だけど、そうではなかった。

話のテンポの良さと笑い事ではない話の連続なのに、不謹慎にも思わずクスッと笑ってしまう文章が続く。だが、読み進めていくうちにこだまさんが文章に込めた苦しさや思いを感じた時、笑いは消えた。手が震え、あっという間に読み終えていた。体がかなり熱い。

「すごいものを読んでしまった」

誰にだって人には言えない秘密、悩み、体験、があると思う。墓場まで持っていきたいこと、闇に沈んだ私にもある。
だが、こだまさんは墓場ではなく世の中に、言葉にのせてさらけだした。

すごい人がいた!
私の中に「こだまブーム」がやってきた。


定点観測
 

それからの日々は家事や仕事の合間をぬって、「こだま 作家」と検索してブログや記事に辿り着き、少しずつではあるが夢中で読み漁る毎日。書籍も次々にひっそりと夜中にAmazonでポチった。隠す必要はないのだがひっそり、私だけの秘密。

「ここは、おしまいの地」
「いまだ、おしまいの地」
「縁もゆかりもあったのだ」

どの作品も、読みたい時はなぜか薄暗い天気や雨、暴風がふいていることが多い。そして、心身のバランスがあまり良くない時に本棚から自分の元へ引き寄せて読む。こだまさんの文章を読む始めるとこっそりひっそりクスっと笑うことができる。

「あぁ、私まだ笑えるから今は闇の底にはいないじゃない」

と、定点観測できるから手に取っていたのかもしれない。しかし、忙しさにかまけて定点観測を怠る日が徐々に増えていった。

2022年、職場で過剰適応な日々からついにまた動けない、闇に落ちた。
「ずっと、おしまいの地」
が出た頃だった。新刊が出たことにも気がつかず無職になり、家に籠り自分の殻にも籠った。

2023年の年明け早々、さらに不幸な出来事がおこった。人に裏切られた。ますます殻に籠りたいと思った。もうずっと誰にも傷つけられない世界にいたかった。だが、日々成長する子どもにまっすぐな目で見つめられると、こんな親の背中や殻を見せ続けることへの影響が怖かった。

少しずつ、少しずつでいいから殻を出ようともがいて過ごした。

数か月後、やっと近所の散歩や図書館へ行けるくらいになった。本棚からこだまさんの本を手に取る日々も復活し、再び定点観測の日々を過ごした。

「こだまさんの新刊が読みたい」

そんな気持ちが訪れた。ただ、無職の身で自分のために好きなものを買うなんて、家族への申し訳なさがあった。
でも、読みたい。
図書館で予約することにした。そして、順番が回ってきて手にすると一気に読んだ。期限まで何度も繰り返し読んで、毎日の定点観測をした。
本が読める、クスっと笑える、少しずつ大丈夫、大丈夫だと確認する毎日。そして返却期限を迎えた日、自分の手元にこの本を置いておけないことが、とても辛かった。

この時、自分の好きな本が1冊でも買えるくらいまずは小さな収入を得られるようになりたい、「ずっと、おしまいの地」を迎えることを目標にすることにした。

目標ができると、徐々に動けるようになってきた。履歴書を書き面接を申し込み、再び働くことになった。ただ、以前のようにはもう働けない。
週2日、3時間。
試用期間を終え、正式にパート採用されたのは、梅雨の始まりの頃だった。短時間パートとはいえ、生じる人間関係のいざこざと、長いことうつ状態で頭がうまく働かず、なかなか業務に慣れずに気持ちがすり減っていく日々だった。だが、休みの日は本棚にいるこだまさんで定点観測をし、私には本を手に入れるという目標があるんだと自分を励まして日々をやり過ごした。

微々たる収入を得られるようになった。だが、日々の生活にかかる費用がある。なかなか自分のために使うという踏ん切りがいつの間にかつかなくなってしまった。


「春」の一文字


パートで働くようになり、少しずつ外の世界に興味が出てきた。病気をきっかけに登録していた全てのSNSを退会したのだが、2023年冬頃に再び旧Twitter現在のXを登録し、自分の趣味や言葉に魅かれた人の投稿を眺めることを始めた。

そういえば、こだまさんもTwitterしているのかなと検索する。いらっしゃった。すかさずフォロー。

ある日、Xを開くとこだまさんが「春」の漢字一文字を募集していた。

春を連想させる、漢字一文字。
すぐに思いつく一文字があった。


「筍」

今はないお気に入りのお店。筍の天ぷら。

春といったら「筍」。
今はもうない地元の、お気に入りのお店で食べる「筍」の天ぷら。それを家族で頬張り「春だねぇ~」と笑いながら季節を感じていた。毎年の恒例行事だった時間を思い出す。

春は「筍」。

こだまさんへ「筍」の文字を送る。いきなり送られてきたら怖いよなって後になって気が付くも、その時はとにかく「筍」を届けたかった。
すると、その後のこだまさんの投稿で「筍」が採用されたことを知る。

Xには、こだまさんが書いた、「筍」の文字とイラスト。
え!?そういえば、文字を伝えることばかりに夢中になってたけど推しであるこだまさんと短いながらも交流しちゃったんだよね!?
しかも、「筍」を採用して頂けたなんて!

「推し」とは、遠い空の上にいて拝むものだとばっかり思っていたから。
まさか言葉のやりとりができるなんて、本当にびっくりした。

SNSってすごいなぁ。

推しのお役に立てたなら、良かった。
嬉しかった。
ただそれだけで満足だった。

この時は。


地震で覚醒


2024年3月。
心身の状態は波はあるけど、おおむね調子良い日が多くなりつつあった。
しかし地震がとにかく、多い月だった。これは大地震の前兆なのかと不安が押し寄せてきて、徐々にメンタルがやられてきていた。もしかしたら、もう先は長くないんじゃないかってかなりの被害妄想も浮かぶ。

3月18日。
夜中3時頃だったろうか。地震の揺れで慌てて起きる。震源はどこだ?震度いくつ?スマホで地震情報を確認していくうちに、すっかり覚醒してしまう。もう眠れない。
そのままXを開いてスクロールしていくと、こだまさんの投稿に目が留まる。
(以下は、大盛堂さんのページでのお知らせをお借りしました)

トークイベント&サイン会の開催のお知らせ。こだまさんに会えるってこと?寝ぼけていて理解するまで少し時間がかかった。

会えるかもしれないのか。
地震でいつ何があるかわからない日々。
明日、地震やほかの理由でこの世にいなくなってしまうかもしれない。
後悔がない時間、人生を送りたい。
もう散々、暗闇ばかりみてきたから。そろそろ光に当たりたい。

「推しに会いに行ってみたい」

地震をきっかけに私の中の思いが覚醒した。

夜中3時を過ぎて大急ぎで、申し込みフォームへ辿り着く。緊張と興奮で震える、へバーテン結節で曲がった指で入力する。何度も誤字変換されたけど、無事に完了!

こだまさんに会える切符を手にしたのだ!!

これで4月まで無事で、本当に会えたならば
わが人生に、悔いなし、だ。


渋谷で惑う

それからの日々も地震は続いたし、家族の不調や私自身も低空飛行な毎日。
でも、こだまさんに会える切符を手にしていることを心の支えにして、春の不安定な日々を乗り越えた。

もうすぐ、こだまさんに会える!

ふと、トークイベント&サイン会の案内を読み返す。そこにはサインしてほしい書籍を会場となる渋谷の大盛堂書店さんで、事前に購入することを推奨する一文があった。

当日、何があるか分からない。
方向音痴の私。たどり着けないかもしれない。
ましてや、渋谷だ。
渋谷に降り立つこと、センター街入口なんて、何十年いってないだろうか。


これはしっかり準備、下見が必要だ!そう思ったのはサイン会2日前。
下見へ出かける。長いこと電車に揺られて、やっと渋谷駅ハチ公改札へ到着。人の多さに圧倒される。大盛堂書店は降りてすぐだと調べたはずなのに、なぜか人の波に圧倒されて全く違うところに行ってしまう。

迷いようのないところで、迷う。戸惑う。
私の人生そのもの、だ。

気を取り直して、もう一度ハチ公改札へ戻って、マップを確認する。
あぁ、こんな目の前にあるじゃないか!
本当にすぐ目の前に、店へ急ぐ。

そしてついに、
「ずっと、おしまいの地」を手にすることができた。

この本にこだまさんに会ってサインをしてもらう2日後、
この渋谷にいる未来を想像して、そっと泣いた。

やっと、自分の本棚に迎えることができた




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