「妄想代理人」を初見で映画館で夜通し見た話
9月16日に池袋の新文芸坐で開催された「妄想代理人」のオールナイト上映に行ってきた。かなり鮮烈な体験だったので、今回はそのことについて書き残しておこうと思う。
初めての夜の映画館へ
数年前、実家に帰省した時に録画してもらっていた「パプリカ」という作品を見てから今敏監督の作品に興味を持つようになった。それから一度は映画館で作品を見てみたいという気持ちが強くあった。実は7月頃に目黒シネマで特集が組まれた時に行くつもりがあまりにも人が多くて諦めてしまったから、今回は絶対行ってやるぞと腹を決めていた。
予約した時点でかなり席は埋まっていたものの、比較的前列の真ん中というかなり良さげなポジションを確保できた。
そして当日。上映中に寝ちゃうのが心配で多めの昼寝を取ってから向かった。夜に家を空けるのは初めてかもしれない。山手線で池袋駅に近づくたびに心の中でワクワクが膨らんでいった。
開演30分前に着くと既にたくさんのお客さんがいた。私ぐらいの年代の人も多い印象があった。鑑賞のお供にドリンクバーを頼む。おおよそ夜10時半から朝5時までの長丁場には飲み放題がとても有難い。マシーンの下にオススメのカスタムレシピが書いてあって、次回行く機会があれば試してみたい。
想像していたよりもスクリーンも客席もとにかくデカかった。赤い座席も頭まですっぽりと大きさでフカフカだった。上映前にチャイムが鳴る仕様が面白くて懐かしかった。
本編上映前に制作に関わったスタッフの方のトークショーがあった。もし初見じゃなかったらもっと話の内容が分かって面白かったのかなと思いつつ、制作の裏話やキャラクターデザインの話など大変興味深かった。
あと、最後の休憩の時に食べた17アイスが美味しかった。
感想
肝心の本編は途中で寝ちゃうことなく一気に見終わった。書きたいことがありすぎて半端ない長さになりそうだったので、今回は演習面と印象に残ったエピソードに絞ってみる。
演出面で気に入ったポイント
まずインパクトのあるOP。満面の笑みで肩だけを震わせる登場キャラクターの不気味さ、背景の不穏さに早速ぞくっとさせられる。OP曲の「夢の島思念公園」も妙に頭に残るメロディーだった。「ランチのベンチの上で」の語感が良すぎてつい口に出して言いたくなる。
次に各話のサブタイトルの見せ方。ある回はポスター、ある回は電光掲示板、ある回はパソコンの画面といった感じで背景に自然に溶け込む演出がとてもオシャレで面白い。次の回はどう来るかとても楽しみだった。個人的には最終回がお気に入り。
最後に、話数が進むごとに現実と妄想の境界が分からなくなっていく所。まさに「パプリカ」に似ていた。後半になっていけば行くほど顕著に現れてきて、深夜テンションで見ていたからか一瞬夢かと錯覚するほどだった。でもこの不可思議な感じは何故か嫌じゃない。不思議な魅力があった。
印象に残ったエピソード1
2話「金の靴」
鯛良優一という男子小学生を主人公とした回だ。
彼はスポーツ万能、成績優秀、容姿端麗、絵に描いたようなクラスの人気者だ。イッチーの愛称でみんなに好かれていたのだが、少年バットの登場によって状況は一変。特徴が似ているというだけで周囲から孤立していき悪質な嫌がらせを受けるようになる。さらに以前から見下していたクラスメイトのウッシーこと、牛山尚吾がクラス内で存在感を増してきたことによって精神的に追い詰められていくといった内容だ。
イッチーのその歳としてはそぐわない大人びた思考と狡猾さには驚かされた。自分の名誉を回復しようとした行動全てが裏目に出ていくのは不憫だったが、「そういうとこやで」とつい言いたくなった。
私は特に妄想のシーンが頭に残っている。
一つはイッチー自身の幸せな妄想のシーン。その中で彼は周りの皆んなから称賛され愛されている。でも現実は全然そんなことない虚しい場面ばかり。そのギャップがかなり心にくるものがあった。ちょっと見ていてしんどいなと思った数少ない瞬間だった。
もう一つは精神的に追い詰められていくシーン。急に簡素なタッチとぐにゃぐにゃに歪められた映像に切り替わる。ラストシーンの自分以外の人がみんな白目なのもまさに「白い目で見られる」ということなのだろうか。胸がぎゅっと締め付けられるように苦しかったのを覚えている。
印象に残ったエピソード2
9話「ETC」
物語の本筋とは関係ない短編エピソードを集めた回だ。
とあるマンションに住んでいるいかにも噂話が好きそうなおばさん3人と最近引っ越してきた鴨原さんという女性の井戸端会議から物語は始まり、少年バットの噂が次々に飛び出してくる。
最初はまだ信じれるかなというレベルの話が、どんどんあり得ない方向に向いていくのがとても面白い。つい「そんな訳ないやろ」と心の中で突っ込んでしまった。特に赤ちゃんのやつと減量のやつはあまりにもぶっ飛びすぎていて、多分映画館じゃなかったらめちゃくちゃ笑ってたと思う。
個人的に中盤の回はそれだけにラストの展開と鴨原さんの表情が忘れられない。ゾクゾクとした。
噂話は広まった頃には元の話と大分かけ離れたものになってしまうというのはよくあることなのだが、その可笑しさと恐ろしさを十分に感じ取れた回だった。また、噂話や憶測自体も少年バットの養分になってしまうという点は納得もあり、無力感とこの先どうなっちゃうんだという不安があった。
上映後の話
本編上映後一回目の休憩の時から胸と喉の奥がつっかえるような違和感があった。最初は単に体調が悪いだけかなと思い過ごしたつもりが、回が進むごとにハッキリと現れてきた。上映後席を立って一番最初に思ったことが「なんか胸と喉のあたりすごい気持ち悪いな」だったくらいだ。
映画館から出るとすっかり朝に。見上げると曇り空が広がっていた。なんだか私の心を表しているみたいだった。
とりあえずお腹が空いたので近くのマクドナルドで朝マックを食べた。食は進むが違和感は全く取れない。帰りの電車に揺られている間も、家に帰って少し寝た後もずっともやもやとしていて、結局しばらくの間気持ちの落とし所が見つからなかった。
最後に
あれから数日経った。こうやって文章にまとめていくうちに少し気持ちの整理がついたように思う。後から考えてみると、あの違和感の大半は痛い所をつかれたばつの悪さから来ていたなと痛感する。
いつだって自分の思い通りに人生上手くいって欲しい。でも現実は全然そんなことなくて、絶対あり得ないって分かっている。仕事が全然上手くいかなくてしんどい時、他人の幸せな姿を見て虚しくなった時、私はつい自分以外の何かのせいにして妄想の世界に浸ってしまう。妄想の中でなら私はお金持ちにも、みんなに愛される人間にも、何にだってなれる。でもそれはなんの解決にもなっていないのだ。
きっと、「お前も登場人物とそうそう変わんないぞ」とこれまで意図的に見てこようとしなかった弱さを見透かされたような気分だったのだと思う。それに全く反論できない、上手く言葉で表現できない。言葉にならない言葉が喉に詰まって苦しいみたいな感じだったと振り返る。
視聴後に面白さと気持ちの悪さが同居する感覚とフィクションとはいえどこか絵空事ではない、自分の身近にあるような怖さ。およそ20年前に放送されたは思えない凄い作品だった。
しばらく時間を置いて内容を程よく忘れた頃にもう一度見よう。
今の私は、少年バットにすぐ屈してしまいそうだから。
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