小説「春枕」第六章〜心あてに折らばや折らん(2)〜
(つづき)
「前略 横田春花さま
先日は、お手紙いただきありがとうございました。
春花さんの『心あてに折らばや折らん初霜の』の歌の解釈、興味深く拝読しました。
辛く厳しいこの世界に生きていながら、美しいものや善なるものを見つめようとする、心の清らかさ。その純粋さ、芯の強さは何ものにもかえがたいものですね。とても春花さんらしい解釈だなと感じましたよ。
春花さんが真っ白な世界を見るのだとしたら、わたしは真っ赤な世界を見ます。
『我が宿にもみつ蝦手(かえるて)見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし』の歌を贈ります。
霜がおりる今の季節は、まさに紅葉の時期ですね。もみじの葉っぱが日々赤く濃くなってゆくのを見て、わたしの春花さんへの思いも深まってゆきますよ。
寒くなったけれど、元気にしているかしら。本当はすぐ隣で綺麗な紅葉を一緒に見られたらいいのだけれど、って。
どうか風邪など引かぬようにご自愛下さい。
かしこ 緑川若菜」
若菜さんは、内にとても熱いものを秘めた女性だ。情熱といったらいいだろうか。そんな彼女が真っ赤な色を持ち出してきたことがなんだかおかしくて、思わず頬がゆるんだ。
わたしは自分のお店「春枕」で、桜の木が呼んでくれたお客さまたちのおもてなしをしながら、色々なことを考える。その中でわたしの思いに寄り添ってくれるのが若菜さんだった。
わたしたちは和歌が好きだという一点で知り合い、ここまで語り合える仲になった。ご縁とは、なんて不思議なことだろうか。
次に若菜さんが春枕にいらしたら、何を話そう。そんなことを考えていたら、ワクワクしてきた。
さあ、今日も春枕でお客さまが待っている。わたしは、お日様に向かって顔を上げた。
(第六章おわり)
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