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コンタクトレンズ

分かりづらい裏表にいつも戸惑う。
指先に乗せて、薄目で見極めるのは毎朝のことながら容易くは無い。10時間以上酷使して、季節を問わずに乾燥気味で、キレイに洗ったつもりでも日々汚れて劣化していく。
ピタリとはまるはずなのに、僅かな繊維が入り込んだだけでお互いを傷つけ合う。痛みに耐えきれず涙が溢れる。一度引き剥がして、濯いで、やり直しが必要。
厄介なのは、そのしなやかさが裏も表も曖昧にしていること。ぼやけた視界では何度見比べても、どちらも表で、どちらも裏に見えてしまう。時々、裏とは気付かずに過ごしていることもある。数時間して違和感があらわれる。あるべき姿へ戻ろうと、必死に抵抗しているかのように、突然拒絶し始める。最初から教えてくれれば良かったのに…と嘆く。出先ではそれを正す術は生憎持ち合わせていないので、舐めてみたりして何とかねじ込み、誤魔化すしかない。それでも意外と馴染むもので、自己防衛機能が働き滲んだ涙が潤滑剤となって丸く収まったりする。そんな時は、なんで最初に気づいてくれれなかったの…と何故かこちらが責められた気になる。
10日ほど過ぎるとお互い疲れ始めて、乾燥が拍車をかけて、何でもない日常の中でも拒絶し合うようになる。1日が長過ぎる、頼り過ぎだ、もう休ませてと、勝手に離れていこうとする。涙も出なくなって、あと少しと、無駄に爽快感が伴う薬を打って潤いを補給する。
14日目、今日で最後。たまに14日待たずに無くすこともあるから、今日まで何処にもいかずに側にいてくれてありがとうと、感謝を込めてゴミ箱に捨てた。
明日はおろし立て。密封されたパッケージの中で浸っている新品を掬って、この瞳に埋め込む。もう夢を追いかけることもない、変わらない毎日とくだらない日常を映すだけだけど。
裸の私はもはや月と街灯の区別すら出来ないほど重症だから、どうか何もないところで躓いて転んで怪我をしない程度に私を守って。多少度が合っていなくても、それでいい。

#日常を詩的に書いてみる #エッセイ #のような #小説 #のような #ショートショート #SS

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