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瞳の奥に宿る懐かしさ~ツインレイ・魂のパートナーシップ

先日魂のパートナー、ヒロキと今後どのように過ごしていくかについて話していた。ふいにスピリチュアルガイドDが放った。

「ね、あっこ。それって昭和的考えじゃない?」

しょ、しょーわ?!

なんてこったい、私としたことが。価値観が広がったはずなのに、その源流にまだ昭和の価値観がはびこっているとはわぁぁぁ~~~!!


それはピカチュウの10万ボルトに匹敵するほどの衝撃だった。


なにがしょーわって、恋愛観よ。
結婚観はもはやみなさんがご存じのようにかなりフリーではあるが、その前の男女のスキやキライや付き合うやなんやかんやが昭和のままだった!!!

今回きっとこのnoteを読んでるみなさんはかなり昭和の女だろうと見込んで、わたしのパラダイムシフトを一緒に体感していただけると嬉しいですっ。ではいくよっ!


1.自分で動かないと始まらない昭和・出会わず繋がる平成の恋愛観

携帯電話やインターネットがない昭和時代。
その恋愛を成就するためには、情熱や行動力は欠かせない。なんとなく気に入った子には今、この場を離れる前に連絡先をきかなければ、もう二度と会えない。テレフォンカードの残金がゼロになったら、もう次がない。今、告白しなければ!!ってもやもやぐずぐず考えていたら、機会をどんどん失う。会えなくなる。そんな焦りが伴っていたな。

だからなのか、昭和生まれの私は「今しかない」感満載でヒロキと過ごしている。(性格もあるだろうけど)それなのに、平成生まれのヒロキは「またあるやろ」感満載で生きている。そこで衝突することは多々ある。

それに比べてSNSが普及している平成時代以降は出会わずとも繋がれる。好きというより《気になる子》がいたら、まずその子をリサーチ!脈があるかなってところで、ようやくLINEで繋がる。チャットをサクッとしてみる。感触がよければ、さらにアピール

「付き合ってください」っていつ言うと?
ちがーーーーーう!それ、昭和な!←スピリチュアルガイドDがつっこむ

ぬわぁに?←これも昭和や、
平成は“ぴえんが丘どすこいのすけ”って言うとよ←中2息子がつっこむ


なるほどーーーー!!!


明確な告白をLINEやinstagramなんかでするわけないだと?!
おとこんこがそうだと、おんなんこはどうやって安心するんじゃーーーぼけぇっ!←もうすでに多様性ってところで、まだまだ引っ掛かりがあるじゃねーか、あっこよ。

はぁ、ほんと、そう。いちいち植え付けられた昭和の価値観を基準にして生きている自分にぶち当たる。
恋愛においてマジで情けないほど、女の子を待たせてはいけない的な書いてるさなかから自分を卑下したくなるほど、恥ずかしい。が、これも事実。

昭和っ子は手紙を書いて身近な友だちに回ってこっ恥ずかしい思いをしたこともあっただろうけど、平成っこは誰か分からない人から人へと簡単にSNSで拡散可能。そんな時代を生き抜く平成っ子たちも自分たちの身を守るために得た術(もやっとぬるっと近づく※昭和主観)なんだろうと、普段の表現の違いから生まれる違和感の理由がはっきりしてすっきりしたよ。


2.昭和だろーと平成だろーと令和だろーと魂の繋がりは時代環境を超える

相手の生きてきた環境を知るのは、相手を理解する上でも大切だと思う。
なぜそういう考え方をするのか、なぜそのような選択になるのか、時代背景だけじゃなく、家庭環境やその相手を取り巻く人との環境をいちいち話をしながら少しずつ知る。ロマンだ。

とはいえ、どれほど昭和価値観は【男⇒動く、女⇒待つが美しい】とあっても、私自身は私の心に従うことを喜びと感じてる。昭和女がド★ストレートに想いを伝えることがあって、平成男が潮干狩りの海岸のようにドン引きしてもなお。

魂同志の認識が、瞬間的に起こることもある。突然、親しみの感情が湧き上がってくる。意識のレベルの計り知れない深い場所で、今、出会ったばかりの人を知っているという気がする。もっとも親密な家族に対するものと同じ深さか、さもなければ、それよりも、ずっと深いところで感じる感覚だ。
そして直感的に、何を言えばよいか、相手がどう反応するかも知っている。一日、いや一週間、または一か月で獲得できるより、ずっと深い信頼と安心が一瞬のうちに生まれる。

以下で紹介する『魂の伴侶』という本に書かれているものを抜粋。私の魂のパートナー、ヒロキとの間で感じていることと同じでびっくりしたよ。

ってことは、生まれた時代や生きてきた環境がどーであれ、魂のつながりは物質界で生まれた価値観はどーでもいいってことなのよ。

ってことで、私とヒロキの魂は出会ってからは1年が過ぎたけど、その間もどんなに意見が対立しても、価値観が合わなくても、そこにゆるぎない《深い信頼と安心》があるのは確かなの。


3.徹底解明!魂のパートナー(ツインレイ)との《深い信頼》《深い安心》ってなんだ?!

これまでのパートナーや出会った人たちとどう違うかについて、魂のパートナー、ヒロキとよく話をする。

たしかに私やヒロキにもこれまでのパートナーに対して《ドキドキするような恋心》だけではなく、《信頼》《安心》はあった。

例えば、
「あ、アイス食べたいな」って思ったときに、彼が私の好みのアイスを買って帰ってくることだったり、好きなアーティストの話で盛り上がったり、未来のアーダコーダに関して一緒にわくわくしたり。そういう一瞬一瞬の出来事に対して心が湧き立ったり、喜び溢れたり、心を痛めたり、慰め合ったり。そうすることがパートナーシップって思っていた。

それと同時に《不安》や《不信》も絶えず伴走していた。

するとそのうち彼との間に《情熱》がなかったことを感じ、知る。ただ、寂しさだったり、温もりだったり、得たいものは時々に変化し、そのように相手がふるまわないと途端二人の関係に《不安》や《不信》が滲みわたる。

でも、私とヒロキの間にその《不安》や《不信》はない。

ただしくは、相手を想う気持ちに《不安》や《不信》がなく、相手の表現や行動がどうであれ、絶えず《安心感》がある。
ゆえに、戸惑ったんだよね。だって、今までは私の気に入らない、嬉しくない行動をすることがあってもなお《安心》していることなんてなかったから。この感覚が不思議すぎて、頭で理解し、五感を信頼するまでにずいぶん苦労した。

経済的に不安定でも、周囲の称賛を得られない仕事をしていても、自分の好みの姿形ではなくても、魂が惹かれ合うのであれば、それを受け入れることは《苦しみ》ではない。


目と目が合ってしまったら、あとは今の状況がどうであれ、私たちが知覚するよりも早く、魂がお互いを引き寄せようと何が何でも私たちを引き合わせようとするんだ。


4.誤解を招く恐れがあってもなお、伝えたい。

目の前に好みの男性があなたを誘っている。仕事も趣味もパーフェクト。この人となら幸せになれる!とワクワクする。
その隣で、好みでもないその人の視線が気になる。というより気にしたくないのに、目を合わせたくないのに、どうしても落ち着かない。

あなたはどちらを選ぶ?

実はどちらを選んでも、もう出会ってしまった魂同士は離れることはできない。抗えば抗うほど、しんどい。苦しい。

心に素直になる、そのほうが結果ラクなんだ。

私もはじめは苦しんだ。
結婚しているから、子どもがいるから、おばちゃんだから、相手はまだ若いから、好みじゃないからなどなど重要に見えるが、それぞれの魂の因縁を解くには重要ではない事柄で悩んだ。

でも、心に素直になることは、どの縁もそれぞれの善き計らいがあり、必要に応じて変化するんだーーー!って今は知ってる。

私の場合、今でも別れた家族との交流もある。子どもたちは私との時間が少なくはなったが、おかげで父親との信頼や絆を深めるような時間の過ごし方をするようになった。こんな形で叶うとは知らなかったが、それは私が結婚していた時に強く望んでいたことだ。

また魂のパートナー、ヒロキも心に従うことで、彼のアーティストとしての感性を取り戻している。スポーツもお勉強も得意だった。出会った時は身体を動かすことが楽しいといっていたが、何より愛していたのは、写真を撮ることや絵を描くこと、部屋を設えることなど、自己を表現することだった。

魂のパートナーに出会うということは、自分を取り戻す、思い出すことだといえる。誰でもそのパートナーはいるという。

直感を信じる素直さと、直感のまま行動する勇気があなたにはあるんだ。

昭和女の価値観でも、ここまで広がった。だから、みんなそれぞれがあなたに必要なパートナーと出会うことを願ってるっ!

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