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「幸運」のほうを見るようにしよう

「運が良かった」というその要素については、
「運が良かったんだよっ!!」って、自分に何度も念押しして忘れないように言い聞かせるくらいのほうが良い。

と、いいますのも。

人は「運が悪かった」ことのほうは、殊更強調して話したり記憶に強く刻んだり繰り返し思い出したりするけど、 比べて、運が良かったことのほうは、満足したのか、先に何故か忘れていくんだよな。(へんなの。笑)


何だかんだ言っても、「私は人よりツイていない」と現代日本でボヤいている方々の半数以上は、「人類史上のこれまで、この世界中で、生息したことのある人類全体の平均」つまり「人類発生以降の総体の平均」から比べると、たぶん、「どう考えても幸せなほう」に分類される気がするんだよなあ。
――って、これは完全に私個人の主観に基づく推測でしかありませんし、「それは、あんたの主観であって、幸不幸を感じるのはその人自身だから、その理屈は関係なくない?」という意見は、これまたごもっともで。

そう、それが「ごもっとも」であるならば。

「その人の感じ方」が、「その人の幸福感、不幸感(て言葉は何故かないけど)」を、司って支配しているのであればこそ。

やっぱり、各々「幸運のほう」に重点的に目を向けるようにして、あるいはそっちを意識して繰り返し思い出すようにしたほうが、絶対お得な気がするんだよなあ。

健康上も、もちろんそっちのほうがいいし。
(もう、この歳になると、何をおいても健康至上主義です。笑)