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風邪で滅入る日。

いっそ陽性ならすっきり受け入れられたのに、検査結果はどちらも陰性。
「風邪ですね。お薬どうしますか?」
コロナでもインフルエンザでもないとあってか、さっきより先生の声も冷たく感じる。
どうしますかって、そりゃあ欲しいよ、お薬。
そう言いたいのをぐっと堪えて「喉と鼻水の薬と、鎮痛剤をください」と返した。

長々と不調が続いている。
あともう少し、ほんの少しで完治しそう、と思いながらティッシュとのど飴が手放せない。そんな日がもう2週間以上。
我が家は風邪と花粉症が入り乱れ、どんなにゴミ箱を空にしても数時間後には真っ白な波で埋め尽くされる。
可燃ごみの日には、押さえつけられ過ぎてゴミ箱の形に変形したティッシュの束が排出され、時には一袋では足りない。

この不調の最中に、職場では臨時の課異動があった。これまでとがらり変化した勤務シフトに体がなかなかついていかれない。風邪がなかなか治らないのは、それも一つの原因だろう。

家では子どもの卒業式と受験の合格発表が立て続いた。卒業式に行きたくないと漏らしていた彼女が、立派に卒業証書を受け取る後姿にほんのり涙したのは誰にも内緒だ。
2日後の合格発表では第一志望校への進学を決め、同じく鼻水と喉の痛みを抱えながらも彼女は満面の笑みで喜びを表していた。
ケーキでも買ってやりたかったけれど、喉が痛いならアイスのほうがいいだろう。と、夫と共にサーティーワンへ走る。家族4人で計6個をテイクアウトしたのだが、娘は人生で初めて3個続けてアイスを平らげた。今回は彼女が主役なので、それもいい。お祝いなのだから何も言うまい。私はひっそりコンビニで買ってあったアイスを、一人こそこそと食することにした。

我が家は子供たちが熱を出したら大人が付き添うというルールでここまできた。
熱がなければ一人で留守番してもらう。
子供がひとり義務教育を終えたことで、このルールに変化が訪れるだろうか。それはまだ分からない。

自分が幼い頃は、母親しかいなかったこともあり、いつもラジオを枕元に置かれた。
「これを聴いて、おとなしくしててね」
AMラジオは子供に楽しい内容とは限らず、ほんとうは起きてテレビや本が見たかった。けれど、母親の言うことを聞かなければならないと言う半ば脅迫にも似た気持ちをいつの間にか植え付けられていた私は、一人時間に勇気を持ってテレビをつけるまで相当の年数を費やした。

今の子供たちは、私や夫がいなくなる瞬間をどう過ごしているだろう。玄関の扉が閉まった瞬間、スマホやゲームを堪能しているのだろうか。
こっそり覗き見てみたい、けれど、それは叶わない。
自分ひとりだけの時間を、それぞれ胸に秘めながら、私たちはゆっくりと回復へ向かう。

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