見出し画像

死にたくなったら衣食住にプラスワン

syrup16gというバンドのことが、長い間好きだった。
毎日死にたいと思って、東中野の心療内科に行く時以外外に出ないみたいな、最悪すぎる20代を過ごしていた時、syrupの音楽は私を外に連れ出してくれる唯一の希望みたいな存在だった。
友達が教えてくれてからものすごい速さで彼らの曲が好きになり、出ているCDを全部購入し、ありとあらゆる音楽雑誌を読み漁り、インタビューとか対談とか、とにかくsyrup 16gのありとあらゆる情報を詰め込んだ。

夜通しニコニコ動画で未発表の音源を漁り、3人くらいしかコメントしてない音源に「良過ぎる」「ここ好き」「めちゃくちゃ良い」などの、浅くて害のない感想を書き込みまくった。
『好き』の表現方法を、それしか知らなかったからだ。

解散ライブが武道館で行われると決まって、チケット戦争に負けた私に、チケットを譲ってくれた人がいた。
高田馬場でお会いして、チケットを定価で譲ってもらった際、「時間ありますか?お茶しませんか?」とそのお姉さんは言った。

膨大な時間を持て余していた当時の私は、断る理由すら持ち合わせておらず、チケットを譲ってくれたお姉さんと喫茶店へ入った。
こんなことを言うのは大変失礼なのだが、お姉さんの目は完全に死んだ魚の目をしており、当時の私にはものすごい親近感と親しみやすさを与えてくれた。この人ならわかってくれる、この人は同類である、と言う勝手な思い込みから、「お茶くらいなら出来るかも。」と、不思議な勇気が湧いてきて、鬱病真っ盛りだというのに知らない他人とお茶をする機会を得たのだった。

お姉さんは、実は音楽関係者で、ライブハウスのブッキングとかの仕事をしていると言っていた。嘘か本当かはわからないけど、そーなんだ、ふーんと思って生意気な態度で足を組んで話を聞いていたら、「あなた、本当に辛い時どうしてるの?」と突然聞かれてドキッとした。

「死にたくなる時、どうしてるの?って聞いてるのよ」と、お姉さんはドトールのコーヒーを飲みながらボソボソと喋っている。

というか、当たり前のように私って病んで見えてるんだな、と思ったし、私がお姉さんのことを死んだ魚の目だと思ったように、お姉さんもきっと私のことを同じように思ったんだと思う。

「薬飲んで寝ます。ジェイゾロフトかパキシル。すごい悪夢見るんですけど、一番早く眠れる気がします。」と、バカ丁寧に当時の私は答えた。

お姉さんは顔色ひとつ変えなかった。


「それもいいんだけど、私オススメがあるの。」


やばい宗教とか無水調理器具でも勧められるのかな?と思ったが、お姉さんのおすすめはかなり意外なものだった。

洗濯機を回すの。タオル一枚でも良い。
この洗濯で、嫌なことは全て流れ落ちる。
洗い流されて、新しい精神がここに宿る。
私はそう暗示をかけてる。
騙されたと思ってあなたにもやってみてほしい。」

お姉さんはそう言った。
姉さんの名前も今となっては覚えていない。連絡先もわからない。でも、意外なことにこの一言は私の鬱病に効果をもたらした。
なんと薬を辞めて元気に暮らしている十数年後の今も、この暗示がずっと効いている。

洗濯機を回して、洗濯をするたび、
嫌なことや、不満や文句は一度消えてくれる。

どうしてこの暗示がいまだに効いているのか深い理由は分からないが、私は家事の中でも一番選択が好きだし、洗濯をすると「最悪な出来事」が一旦流れ落ちて、私の中からいなくなる。辛い時私を支えてくれたsyrupの音楽が、このライフハックを連れてきてくれた。
このバンドを教えてくれた友達から始まって、全ての点を繋いでくれた、良いご縁に感謝している。



お姉さんは
「死にたくなったら、衣食住にプラスワンするといいよ。意外と死ななくて済むから。」
と教えてくれた。

その時はあまりピンと来なかったが、最近はこの意味がよくわかるようになった。

フライパンとか、ピーラーとか、なんでもいいけど、衣食住、『暮らし』に関係するものを、少し良いものにするとか、便利なものを1つ足すだけで、生活というのはぐんと豊かになる。暮らしが楽しくなる。こういう細やかなプラスワンの積み重ねが「幸福」のような気がしてくる。

そういうことがわかってても出来ないのが貧困だし、鬱病だし、人生の閉塞感に繋がるんだと思うけど、
死にたくなる時は、どうせ死ぬならその前にと思って、生活に少しだけ良いものを取り入れることを、みなさまにもおすすめしたい。出来る範囲で、気が向いた時だけでオッケー。

ちょっといいタオルとか。
ちょっと良いイヤホンとか。
いつもよりちょっと高級なアボガドを買うとか。
そういう「ちょっとの贅沢」を、暮らしに織り交ぜて、
死んだ魚の目をしながらでも、昨日よりちょっと良い今日を、目指していこうぜ。

夢見るほど素敵な明日は来ないけど、
絶望するほど、悪い明日も来ないから。
大丈夫です。

ひとつずつ乗り越えて、生きて参りましょう。

犬飼いたい