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ショートショート 「真実味」

「ミス日本コンテスト」の開催がひと月後に迫ったある日のこと、都内某所で反対派による抗議デモが行われた。

「ルッキズム反対!」
「はんた〜い!」
「外見至上主義者は死ね!」
「しね〜!」

マスコミは押し並べて賛成派よりも反対派の取材に力を入れていた。
理由は至極単純で、反対派の活動を取り上げた記事の方が多く読まれるからだ。
しかし今回に限ってはもうひとつ別の理由があった。
なんと昨年度のミス日本グランプリ受賞者が、反対派の先鋒に立って活動をしているのだ。
まるで落語のような、いかにも世間が喜びそうな皮肉である。
しかし実際のところ、四六時中ネットに張り付いているようなヒマな連中以外の、いわばフツーの人たちのほとんどは、この事態に関心を持っていなかった。
通行人の反応を見ればそれは明らかで、彼らがデモ隊に向ける目は概ね冷ややかだった。
口にこそしなかったものの、みんな「うっせーなぁ」とか「ジャマだなぁ」とか「こいつらヒマだなぁ」とでも言いたげな顔をしている。
フツーの人たちは、仕事をしたり、家事をしたり、育児をしたり、交友を温めたり、趣味に勤しんだり、贔屓のスポーツチームを応援したりするのに忙しい。
よってミスコン開催の是非について考えている暇なんかないのだ。
現に「昨年度のミス日本は誰か?」と問われて即答出来る人間が一体どれだけいるだろう?
まあそれを言うなら、昨年度の芥川賞受賞者だって、レコード大賞受賞者だってほとんどの人は知らないのだろうけど。
あなたは知っていますか?
私は知りません。
閑話休題。
とにかくデモは予定通りに行われて、終わった。
さて、マスコミの仕事はいよいよここからが本番だ。
彼らは待ってましたとばかりに前ミス日本グランプリを取り囲んだ。

「鈴木さん、お疲れ様です!」

先陣を切ったのはタブロイド紙の記者だ。

「どうも。皆様も暑いなか、お疲れ様です」

前ミス日本は控えめのメーキャップでも充分美しかった。

「いくつか質問をしても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「昨年度のミス日本グランプリである鈴木さんがコンテストの開催に反対なさっているのは一体なぜですか? 一説には、受賞をきっかけに芸能界入りを目論んでいた矢先、某大学教授との不倫が取り沙汰されたことで計画が頓挫したため…」
「その件とこの活動とは一切関係がありません」
「しかし…」
「関係ありません」

記者は口元を歪めて意地悪な笑みを浮かべた。

「そうでしたか。それはそれは失礼いたしました。ではなぜこのような活動を?」
「佐藤先生から薫陶を受けたからです」
「佐藤先生?」
「はい。佐藤先生は私に考えるきっかけを与えて下さった恩師です。あちらにいらっしゃる…」

前ミス日本はここで一旦話を中断し、少し離れたところに立っている壮年の女を手のひらを上にして指し示した。

「赤いシャツをお召しになった女性が佐藤先生です。先生は教育界にその名を馳せる社会学のオーソリティーで、現在テンプラ大学日本校にて教鞭をとっていらっしゃいます。大変聡明な方で、無知な私に一から教育を施して下さいました。いま思えば、コンテストに出場した頃の私は本当に浅はかで愚かな女でした。自らの容姿を武器に名前を売ろうなどと考えていたのですからね。お恥ずかしい話、私は社会のことをなにも知らなかったのです。でも先生のおかげで、ルッキズムがいかにナンセンスであり、社会にとって有害であるかを認識するに至り…」
「鈴木さん。ルッキズムについてのあなたの考えは先ほど街頭演説で存分にお伺いしました。それよりも私どもが知りたいのは、昨年度のミス日本グランプリである鈴木さんがどうしてこの活動に取り組むことになったのか、そこなんですよ。あなたの容姿が人並み外れて美しいことは大多数の人が認めるところです。そんなあなたが『ルッキズム反対』などというお題目を唱えたところで真実味がないんじゃないかと思うんですよね。世間の人たちはきっと『美人がなに言ってやがんだ』と思っているんじゃないでしょうか? そう思いません?」

前ミス日本は表情ひとつ崩さず毅然とした口調で答えた。

「思いません。私は、私のような立場の者がルッキズムに反対することに特別な意味があると思っています」
「そうですかね…」
「そうですよ。私が訴えるからこそ真実味があるのです」
「どうしてですか?」
「美しいからです」

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