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ショートショート 「小噺をひとつ書き上げた」

小噺をひとつ書き上げた。
ペンを置き、両腕をYの字に広げて伸びをし、それからメビウスに火をつけた。
煙を口に含む。
輪っかを作って浮かべる。
なかなかの出来栄えだ。
私は満足感を得た。
しかしそう長くは浸れなかった。
ふいに首筋に走った鋭い痛みに水を差されたのだ。

「俺だよ」

背後から男の声がした。
声の主は、目と鼻の先ならぬ、後頭部の先にいるようだった。
それにしてもひどくしゃがれた特徴的な声だった。
聞き覚えがあるような、いや、思い過ごしか…。

「誰だ?」
「だ・か・ら、俺だよ。よくもやってくれたな」

その口ぶりからして、男は報復を果たすつもりなのだろうと思われた。
しかし私には思い当たる節がなかった。
人の恨みを買った覚えはないのだ。
となると、逆恨みか、あるいは人違いか、さもなくばこの男は頭のネジが…。
いずれにしても不運なことである。
男は私の番をスキップして話し続けた。

「痛かったなぁ〜。苦しかったなぁ〜」
「…」
「おい。なんとか言ったらどうなんだ?」
「なんとも言いようがないよ。まるで身に覚えがないんだから」
「とぼけるんじゃない!」
「とぼけてなんかいないよ…」
「ふん。鈍い野郎だな。仕方がない。ヒントをやろう。俺が今あんたの首筋に突き付けているものはな〜んだ?」

一気に血の気が引いた。

「ア、アイス……ピック?」
「ご名答」
「まさか…」
「そのまさかだよ!」

私は確信した。

「ス、スズキ…?」
「そうだよ。スズキだよ。夜の公園で、後ろから羽交締めにされて、首筋にアイスピックをブッ刺されて野垂れ死したあのスズキだよ。忘れたとは言わせねえぞ」
「そんなバカな…」
「おなじ目に遭わせてやるよ」
「よせ! ちょっと待て!」
「待たない」
「かっ、かっ、書き直す! 書き直すから早まるな!」
「いつ?」
「今! 今すぐ書き直すよ! だからそのアイスピックを…」
「ふん」

首筋から痛みが消え、私はほっと胸を撫で下ろした。

「ありがとう!」
「いいから早くしろ。俺はここであんたが書き直すのを見張ってる」
「分かったよ…」

メビウスは灰皿の上で半分の長さになっていた。
私は震える指でそいつを拾い上げ、ひと口吸って消した。
そして積み上がった原稿用紙をパラパラとめくりながら記憶を辿るのだった。
えーっと、スズキが暴漢に襲われたのはたしか終盤の…。

と、私は小噺をひとつ書き上げた。

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