残された時間は限られている
デイサービス、帰り際のこと。
その人は、膝から崩れ落ちるようにして床にへたり込んだ。
たしかにそういえば、朝から少し元気がないような気がしていた。
その時になって、今朝の変化を見過ごしていたことを悔いた。
大事には至らなかったが、床にへたり込んで精気を失ったその人の姿を目の当たりにすると、ぼくが接しているのは高齢者なのだと再確認させられる。
それは普段、高齢者と感じさせないほどに、その人は元気だからだ。
一緒に散歩にいくと、ぼくを置いていくスピードで歩く。「危ないから、もう少しゆっくり歩いてください」と、聞こえる右耳に伝えると、映画のスローモーションのようにゆっくりと歩いていつの間にか背後に周り、振り返ったぼくにドヤリ顔を向けてくる。
「遅すぎるやろ!」とツッコミを入れると、今度は嬉しそうな顔をしてぼくを追い抜き、先をトコトコと歩いていく。うさぎとカメのレースかよ。
少しスケベだ。「若いねーちゃんに洗ってもらった方が嬉しいんだけどな」と言って、ぼくから洗体タオルを取り上げ、自分で体を洗う。
いやいや、全部自分でできるやろ。
その人は食にうるさい。もともと飲食店のマスターをしていた。デイサービスの昼ごはんに小言を言う。「少し味付けが濃い」「これはまだ食える」だの。そんなこと言って、おかずだけはきちんと平らげるじゃんよ。
やること、言うこと、お茶目で元気で。みんなから愛される人柄で。
懐が深くて、周りを明るくする人だ。
デイサービス、帰り際。
床にへたり込んでしまった。
発熱していて、フラついてしまっていた。
昼ごはんの時は、少し咳き込んでいたらしい。
結局、送迎の車には乗れず、ベットで横になった。
ご家族へ連絡がいき、迎えにくるとのことだ。
しばらくして、ご家族が迎えにきて、
「この足で病院に向かった方がいいですすかね?」とご家族。
「あまり無理させないほうがいいかもしれません。」
「そうですか。分かりました。明日病院に連れていきます。」
ぼくはそう対応して、その人はご家族の車で帰って行った。
ぼくはちょっと気落ちしてしまって、
黙々と、清掃と明日の準備をしていた。
10分ほどして、先輩の介護職員が帰ってきて。
「ご家族の方にね、その足で病院に行ってもらうように電話しておいたから」と言われた。先輩は、その方の担当をしている。
「この方の発熱の場合、5つの可能性があって、できるだけ早く診察を受けてもらった方がよくて。
ひとつめは普通の発熱、次にインフルエンザ、そしてコロナ、誤嚥性肺炎、さいごに癌による発熱ね。癌の発熱の場合、もう会えないかもしれないね。在宅を希望してる方だから。痛みを緩和して、、ゆっくりね、」
ぼくは意図的に、上の空で話を聞いていた。
救急搬送ではないものの看護師と話し合った結果、そのような判断になったようだ。
この文章を書いたのが、去年の7月だ。
出会って半年くらいしか経っていない。
常に死と隣り合わせでいることを、
残された時間は限られているのだと。
そして、もっと学ばないといけないと、
強く感じた日になった。
介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。