僕悪

『僕は悪者。』⑧

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  八
だが計画というのはなかなか思うようには進まない。
計画の実行日のたった一日前。一人の転校生が来た。
名前を片桐美梨といったその女は控えめに言っても、たまらなく可愛かった。すらりと通った鼻に、ぱっちり二重の目。唇はぽっくりとしていて、ふんわりと柔らかな雰囲気を纏っていた。
高校での転校は滅多にあることではない。だが、その女は来た。父親の転勤だか何だか理由は知らないがやって来てしまった。
そいつは俺の隣の田口の席に座らされた(田口の席は空いていたとはいえ、また勇気を出して登校するかもしれないというのに、転校生をそこに座らせるとは担任の豚ゴミもひどいことをするものだ。)そしてそのこのクラスのカースト制度を何もわかっていない女は何と俺に話しかけてきやがった。
「あの、私まだ教科書なくて見せてもらってもいい?」俺の頭は放課後にこの女でオナニーをすることを決めた。こんなに綺麗な女がこの俺に話しかけた。それだけで三回のオナニーのオカズにはなる。
俺は最初無視した。だって、それがこの女のためでもある。俺から教科書を見せられでもしたらこいつは登校初日にしてカーストの最下層に位置付けられるかもしれない。
「あの、聞いてる?教科書見せて欲しいんだけど?」彼女が眉間にしわを寄せてもう一度俺に話しかけた。あいにくこの女は一番廊下側の席に座っているせいで隣には俺しかいない。
「あ、ああ。」俺は頷いて席を近づけた。
そして一時間目の授業は始まった。
二時間目、三時間目、四時間目となっても 俺は片桐美梨と机をつけて教科書を見せ続けた。
途中一〇分休みには、転校生に興味津々女子が数名で美梨のところに来て「うちらの教科書貸してあげる。」とご親切にも言っていった。
だが、美梨はポケッとした顔をして「そしたら自分で見るのが無くなっちゃうよ?私は見せてもらってるから大丈夫だよ。」と笑顔で答えていた。
きっと昼休みや放課後には美梨の耳にも俺が匪賊だということが伝えられるのだろう。そしたら片桐美梨は俺のことを無視し始めるだろう。
少し残念だったが仕方がないことだ。今日はせめてこの女と会話ができる時間を楽しみたい。それも昼休みまでかもしれないが。
昼休みになるとすぐに片桐美梨は転校生に興味津々女子達に連れられて少し離れた席でご飯を食べながら質問攻めにあっていた。
俺は一人でご飯を食べるわけだが、何だか最近では感じなくなっていたというのに無性に一人で過ごす昼休みが恥ずかしくなってきた。片桐美梨に俺が「一人」だということがバレてしまう。それは嫌だ。
俺は焼きそばパンをカバンから取り出すとトイレに向かった。ゴミカスどもが鏡の前でワックスをつけた前髪をミリ単位で調整しているのを横目に俺は個室に入った。
あいつらには俺がクソをしているとでも思われてしまうだろう。噂にもなるかもしれない。
だが、それでも構わなかった。ゴミどもに何と思われようが片桐美梨に俺が「一人」だと思われるよりはずっとマシだ。
臭い個室の中で俺は焼きそばパンを頬張った。甘ったるいソースの味がトイレの匂いと混ざって気持ちが悪い。
食べた後もしばらく俺は便座に腰掛けたまま(もちろんクソをするわけではないからズボンは履いている。)昼休みが終わるのを待った。
片桐美梨は今頃、アバズレどもから、俺が匪賊で関わったら片桐美梨も匪賊になるから関わらない方がいいと聞かされているかもしれない。昼休みを終えて教室に戻っても片桐美梨は俺の教科書など借りないかもしれない。そう思うと心の何処かが痛んだ。
昼休み終了のチャイムがなると、個室から出て授業に間に合うように早歩きで教室に向かう。
教室に入ると、片桐美梨はすでに机をくっつけて見せてもらう準備万端といった感じで座っていた。
俺はほっとした。
幸い次の授業の生物の豚ゴミもまだ来ていなかった。
「遅かったね。机もうつけといたよ。」片桐美梨が俺に笑いかけた。つられて俺は、匪賊の俺は、綺麗な女に笑いかけた。
「あ、ああ。いいよ。」
「どこ行ってたの?」
「ん?他のクラス。」
「ふーん。」
そして教室に豚ゴミが入ってきた。
会話をした。そう、俺は今会話をしたのだ。授業の合間の一〇分休みでは片桐美梨がすぐに転校生に興味をもつ好奇心旺盛系メス豚どもに取り囲まれてしまい、会話らしい会話をしないでそっと机を離していた。だから、「教科書貸して。」「うん。」というやりとり以外はしていなかった。
だが、今の言葉は俺に向けられ、俺はそれに対して返事をし、さらに質問が繰り返され、返事をして。つまりは会話をしたのだ。
久しぶりだからうまくできただろうか。俺は今の会話を振り返らずにはいられなかった。
「遅かったね。机もうつけといたよ。」
「あ、ああ。いいよ。」
「どこ行ってたの?」
「ん?他のクラス。」
「ふーん。」
これだ。確かにこう会話したはずだ。俺は何かまずいことは言わなかっただろうか。もっと何かこう、彼女に興味を持ってもらえるようなことは言えなかっただろうか?
「遅かったね。机もうつけといたよ。」
「あ、ああ。いいよ。」
「どこ行ってたの?」
「ん?他のクラス。」
「ふーん。」
ああ、俺はどうやら嘘をついてしまった。だが、もちろん真実を打ち明けることはできない。そんなことをしたら彼女に嫌われてしまうだろう。
いや、そんなことをしなくてもおそらく放課後には同じクラスの女子から俺のような匪賊とは関わらない方がいいということを聞くだろう。昼休みにその情報が伝わらなかったのは不思議だが、明日には伝わるだろう。
とは言え俺には意外だった。
なぜ俺が匪賊だということは片桐美梨に伝わらなかったのだろう。
俺は全く持って生物の授業は身が入らなかった。正直アミラーゼがどうだのこうだのはどうでもよかった。
俺はかなり興奮していた。この転校生に俺はかなり興奮していた。
しかし、それはいわゆる性的興奮とは違う。普通なら他の同級生のムッチリとした太ももを見たらそいつとセックスをしたいという欲望に駆られた。しかし、なぜだか片桐美梨に対してはそういった感情が浮かばなかった。
他の同級生をオカズにしてオナニーをすることは毎日だったが、もし俺は今日家に帰った後も片桐美梨を想像してオナニーをすることはできないだろうとはっきりと感じた。さっきまでは片桐美梨を想像してオナニーをすることを楽しみにしていたはずなのに。
なぜだろう。
俺は考えた。生物の授業なんてどうでもいい。それ以上に隣の席に座っている生物のことを考える方が俺の人生にとって重要だということは間違いない。俺はなぜ片桐美梨でオナニーできないと考えているのだろう。
だが、その答えは見つからなかった。
頭の中で試しに片桐美梨を殺してみることにした。どういう風に殺すのがいいだろう。
転校して来て座った席の隣の男が実は狂っていて殺される。彼女はどんな顔をするだろう。
だが、ダメだった。俺はそんな想像をすることはできなかった。
そんな想像をしたくはなかった。
「次のページだよ。」そう小声で呟くと彼女はページをめくった。
「あ、ああ。」俺は頷いた。
俺は黒板を見た。いつの間にか板書がたくさん書かれている。俺は下を向いてただ書かれていることをノートに写していった。
何やってるんだ!俺は「ありがとう」と言うべきだったじゃないか。片桐美梨は俺を冷たい男だと思ったかもしれない。
ああ、片桐美梨に嫌われたくない。

(つづく)

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