僕悪

『僕は悪者。』④

前回の『僕は悪者。』

  四
俺は自転車に乗って、あてもなく漕いだ。
大通りに出ると、背中をそっと押すように追い風が吹いて、楽に前に前にと進むことができた。
ああ、なんて気持ちがいいのだろう。学校の中にうごめくクソみたいなカースト制度なんて気にならなくなる。
気にならないからわざわざ頭の中でぶち殺す必要もない。ああ、なんて楽なのだろう。
だけれど、実際には明日も学校に行かなければいけない。両親は俺が充実した学園生活を送っていると信じているのだろう。
俺が実際に学校で同級生たちを殺したらきっと両親は驚き悲しむだろう。だけれど、それは両親の目が節穴だからいけないのだ。大人が男女揃って二人もいて、自分の息子が学校でどんな惨めな地位にいるのかなんて気がつこうと思えばいくらでもできる。しかしそれをサボったから息子は学校で殺人を犯すかもしれないのだ。
 ざまあみやがれってことだ.
 自転車を漕いで少しすると田んぼが広がっている。俺の住む地域は畑と住居とがモザイク状に散らばったいかにも頭の悪い行政マンと私利私慾だけを追い求める不動産屋が考え、途中で放り投げた街作りの慣れの果てと言う感じに街だ。
 なんで高校生なのにそんなこと知っているのかというと、俺は本を読んでいるからだ。学校では寝たふりにも飽きるとなにかしら本を読む。漫画じゃない。本だ。小説や自己啓発本から経済の本まで。学校という小さな世界以外の世界について書かれたものはどんなものでも楽しかった。
父親がクソみたいなプライドを満たすために、広告につられてこんなクソみたいなところに夢のマイホームを建てたのがいけない。
高校生の俺でもそんなことはわかるというのに。俺の父親はアホな選択をして母親はそのアホな選択を止めなかった。俺はどうやらアホどもから生まれているようだ。
俺は古本屋につくと自転車を止めた。あいにく次の小遣いが入るのはまだ先だ。古本ぐらいなら買う余裕もあるが、そうしたら月末にはジュースを買うこともできなくなってしまう。
今日は買わないで立ち読みにしよう。
駅前の小さな古本屋の漫画のラインナップは昭和で時が止まってしまったのではないかというほど悲惨だ。だが、駅前の反対側にできた大手チェーンの古本屋に行けば同級生たちと偶然にも出会ってしまうかもしれない。
そこで俺の平和な立ち読みタイムを邪魔されでもしたら、それこそ予定を早めてそいつらをぶち殺してしまうかもしれない。だが、そもそも学校以外で同級生の腐れゲボ供に会いたくない。だから、俺は漫画を立ち読みしたくなった時はいつもこの寂れた店に来ていた。
店に入ると老婆が一人退屈そうにレジの奥に座っている。壁には「万引き禁止」と達筆に書かれているが、正直ダッシュすればあんな老婆は振り切ることができるだろう。不良なんかがこの店から万引きをしたら経営が傾くのではないか。そしたら俺の平和な立ち読みライフがなくなってしまう。
俺はこの店の対万引き防衛能力の無さに不安感を覚えた。
まあ、そのための魅力的ではないラインナップなのかもしれない。
ここにある漫画といえば『はじめの一歩』『北斗の拳』『幽遊白書』『ガラスの仮面』といった具合だ。
まあ俺はラオウも戸愚呂弟も好きだから、悪者目線で言えばなかなかいいラインナップとも言える。
だが、今時の不良が憧れるものといえばエグザエルだのなんとかソウルブラザーズだの、やたらと絆とかクソみたいな恋愛ばかりを羽の吐いたコスチュームでぴょんぴょん踊る奴らだ。誰も昔のイカした悪者の出てくる漫画を盗もうってやつはいないだろう。
不良は圧倒的にカリスマ的な悪者に惚れたりはしない。
俺は昭和なんて全く知らないし、憧れもしないが、今時の不良よりは少しかマシな悪者がいたのかもしれないとも思う。
いや、いないか。俺がただ今の現実が嫌いだから、昔に憧れてみたのかもしれない。
俺は棚の中から『幽遊白書』を取り出した。名前からして昭和っぽいが、せめてこの作者の『ハンター×ハンター』が置かれていればと思う。
俺は『ハンター×ハンター』に出て来る王が大好きだ。あまり悪者っぽくはないかもしれないが、圧倒的に強いというのがいい。
圧倒的な強さ。それが俺の悪者に求めるものだ。俺もいつか圧倒的な強さで一人でも多くの同級生を殺したい。
しばらく読書を楽しむと俺は漫画を棚に戻し店を出た。少し空模様が悪くなっている。風が冷たくなってきたし、雨が降っても不思議でなない雰囲気だ。
天気予報は見てこなかった。携帯で調べてみるとこれからの降水確率は八〇パーセント。降りそうじゃないか。
俺は自転車を急がせて帰った。太ももが明日筋肉痛になるのではというほど頑張って漕いだというのに、無情にも雨は途中で降り出した。
しかも、ゆっくりと降り始めるのではなく、いきなりの土砂降りだ。
全く人間ってのが自分の欲望を満たすために消費生活に精を出しすぎたことで、ゲリラ豪雨とかの異常気象を連発するようになってしまった。
どこまでも人間というのはカスどもの集まりだ。ひょっとすると地球にとってはクソみたいな病原菌とも言える人間を殺す行為はいいことなのかもしれない。
環境問題を本当に無くしたいなら人間が絶滅すれば事足りるワケだ。最高のエコは殺人だ。
とはいえそんなことをしていたら、どこまでも続く虐殺と戦争だろう。俺はそんなことは望まない。
悪者といってもカリスマでサイコじみたものが俺は好きだ。歴史上の悪者と言えるヒトラーやスターリンなんかはイマイチ魅力を感じない。
あいつらはもっとDIOやジョーカーのことを勉強するべきだった。いや、当時はまだそんなものは存在していなかったのか。
俺は自転車を急がせて、駅前と家との中間にある公園へと入った。あそこなら東屋があったはずだから雨宿りでもしていこう。この土砂降りは人間のエゴによって作られた異常気象による、胸糞悪いゲリラ豪雨だから、まあ、少ししたら止むはずだ。
俺は公園に入り東屋を目指した。と、途端。嫌なものを目にした。
くそ。忌々しい。放課後だというのになんであいつらの顔を見なくちゃいけないんだ。金をくれるっていうのなら放課後でも見たって構わないけれど、そうじゃない。こっちはあいつらの顔を見るだけではらわたが煮え繰り返るようにイライラするってのに。
あいつらの顔をもう二度と見なくていいように、あいつらの顔の皮を全て剥ぎ取ってその皮を金魚の餌にでもしてしまいたい。
そう、あいつら、つまりは俺と同じクラスのカーストの上位に君臨してらっしゃる、大山相太、鈴谷太一、川越俊、それと大山の彼女で、一応学年で一番可愛いということになっている、持田由美、とそれの取り巻き、菅原香と大葉夢だ。
全員同じクラスのカースト上位者。俺はカーストの最下位だから話すことはもちろん体に触れることも、目を合わすことも許されていない。
俺は仕方なく、身を小さくしてカースト上位のブルジョワの皆々様の目に写らないように近くの遊具の中に入った。
東屋の真裏に建てられたその遊具は子供がおままごとでもする用なのか小さな家のようになっていて屋根と壁とがあった。
中は高校生の俺にとっては小さかったがそれでも雨をしのげるのならありがたかった。
そしてそれに嬉しいことにブルジョワの皆々様の会話を盗み聞きすることができる距離でもあった。
ザーザーと降りしきる雨のせいで聞こえないところもあったが、あのビチグソブルジョワの皆々様はでっかい声で喋ってくれていたので俺には聞き取りやすかった。
「田口お前服脱げ。」鈴谷が言った。相変わらず偉そうな声だ。いつかあいつの首を切り取って窓から放り投げてやる。
にしてもさっきさっとに見た時には見つけられなかったが、田口もいるらしい。
田口学。クラス内カーストの第二グループに所属している。そいつがなんで第一グループの大山たちと。
というかこれは完全にあれだな。いじめだ。
服脱げってそういうことだろう。俺は遊具の隙間から顔をのぞかせた。幸い誰もこっちを見ていない。面白いものが見れそうだ。
田口は地面の上に正座で座っていた。他のブルジョワの皆々様はベンチに腰掛けている。偉そうに足を交差させて偉そうな雰囲気をプンプンに漂わせている。
田口はワイシャツを脱いだ。
「下もだ。」大山が言った。周りからはクスクスと笑いが起こる。
本当に胸糞悪い奴らだ。多対個の状況で個を潰そうとするのはあまりにも間違っている。俺が尊敬する悪役はみんな個人で戦う。途中仲間と協力することはあっても多対個の状況を作ることはない。
悪役はみんな主人公と一対一で戦い負ける。
かっこいいじゃないか。
それに引き換えこのブルジョワの皆々様ときたら、実際は偉くなんかないのに、大勢で集まることで自分がさも偉くなったように錯覚しやがって。井の中の蛙大海を知らず。
全く生きる価値のないゴミ供だ。ヒトラーやスターリンはわけのわからない民族主義を掲げるのではなくて、いじめっ子を虐殺すればよかったのだ。
俺がもしも独裁者になったらイジメをしていたと発覚したものは死刑。いじめっ子の親も死刑。当たり前のことだ。いじめは殺人だ。
田口は渋々パンツ一丁の格好になった。
あいつもあいつだ。クラスカーストで上位のやつらの命令とはいえ何んで従ってやがるんだ。あいつらはただクラス内カーストが上位なだけで、神じゃあない。
そのパンツに隠していたナイフがあって、全員のことを刺し殺したら尊敬するってのに。
そうでもない。ただ泣きそうな顔でうなだれているだけだ。見るからに負け犬という感じだ。
「お前、俺の由美に惚れてんだろ。パンツも脱げ。お前のちんこ見せてやれよ。」大山はさらに追い討ちをかけた。
持田由美はというとつまらなさそうに携帯を見ている。
「いや、それは。」田口は手を振った。
「んだよできねえのかよ。」大山が立ち上がって田口の方へと向かった。髪をひっつかんでいる。「お前俺の女に惚れてんじゃねえよ。」
「いや、そんなこと。」田口は今にも泣き出しそうな顔で反論した。
「うっせな。由美がお前からしつこく話しかけられてエロい目で見られてるって言ってんだよ。お前死刑だから。」
髪を掴んで無理矢理に立ったせると、鈴谷太一、川越俊が田口のパンツを下ろした。恐怖で縮み上がった田口の男性器が露出する。
「お前こんなちっせえのによく由美によく話しかけれたな。」鈴谷と川越が笑う。女たちもチラチラと田口の皮のかぶったちんぽを見ながら笑っている。
「死刑執行しまーす。」そういうと大山は田口の男性器に思いっきり蹴りを入れた。田口は痛そうにうずくます。そこに鈴谷や川越が蹴りを入れる。
「お前は明日からシカトするから。他のクラスのやつにも言っとくから。明日から学校に居場所ないから。」
はあ、全くくだらないことをしてやがる。
死刑執行だと?自分のことを法律か正義だとでも思ってやがるのか?クソみたいなおごり高ぶったブタ野郎だ。そんな豚野郎のちんぽを引き抜いてフードプロセッサーにでもかけてひき肉にしてその肉でソーセージを作って、腐らせて生ゴミで捨ててやったほうが世のため人のためだ。
しかもあいつのやっていることはキンタマを蹴るとか、古臭いことばかり。全然オリジナリティがない。
いじめるのならもっと気合い入れていじめた方がいい。
「じゃ、俺はこれからお前が惚れた由美とセックスでもするかな。由美行くぞ。」
「ちょっと、そんなこと言わないでよ~。」大山の呼びかけに持田がネッバコイ声で答えた。
「そんなことわかってることだからいいだろう。他の奴らもこれからすんだから。」そう言ってブルジョワのやつらは笑いあった。
縮こまり泣き始めた田口を置いて大山たちはどこかへ行ってしまった。
ああ、惨め。あまりにも惨め。田口。お前はカスだ。
苦しいだろう田口。今いっそお前のことを殺してしまった方がお前のためかもしれない。
俺は小さな家の形をした遊具を出た。田口を殺すためではない。つまらない家に帰るためだ。いつの間にか雨は上がっていた。


(つづく)

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