僕悪2

『僕は悪者。』⑩

    一〇
俺は帰りのホームルームが終わると飛び出すように学校を出た。
彼女に話しかけられる前に立ち去りたかった。今日は特別教室の掃除当番だったが、そんなことはどうでもよかった。
俺の今までは匪賊でありながらも安定した生活を送ることが一つの目標だったし、そうして暮らして来た。何度踏まれて、引っこ抜かれて除草剤を蒔かれようが、黙々と根を張り続ける雑草のような日々を俺は送って来た。だが、片桐美梨の登場で全て変わってしまった。
俺の安定した日々がたったの一日でたったの一言でグラグラと揺れ動いてしまい、今すぐにでも崩壊しそうだった。
もう一言でも片桐美梨と会話してしまったら、自分の今まで培って来た価値観とこの学校での安定した匪賊としての暮らしが壊れるではないかと、怖くて、恐ろしくて逃げた。
家への道もいつも以上に自転車を飛ばした。何にも追われていないというのに、俺は逃げるように自転車を漕いだ。
誰もいない家に入り、自分の部屋にたどり着くと少し気持ちは落ち着いた。
だが、自転車を飛ばしたせいで心臓がドキドキとしている。
落ち着かせるために、ベッドに腰掛けてみたが数分経ってもドキドキは止まらない。俺はどうやら、自転車を飛ばしたこと以外の理由でも心臓がドキドキしているらしかった。
なんだ。この感じは。なんだ。この感じは。
俺はいつもの冷静さを取り戻すために頭の中で片桐を殺そうとした。
俺が大好きなパターンで殺そう。
機関銃で彼女をぶち殺す。
だが、ダメだった。
「なんでそんなの持ってるの?危ないよ?」妄想の中の彼女はそう注意して俺から機関銃を取り上げてしまう。
ダメだ。俺に彼女は殺せない。
俺はハッとした。学習机の引き出しを開ける。そこにはナイフが入っていた。果物ナイフが二本にサバイバルナイフが一本。それとベッドの下には携行缶に入れたガソリンがある。
そうだ。俺は明日悪者になるのだ。もう準備は整っているというのになんで俺はこんなにも違うことで動揺しているんだ。
落ち着かなくては。落ち着かなくては。
全ては明日のために匪賊としての暮らしに甘んじて来た。
いつか恐怖の悪者として登場し全員をぶち殺す。全員を殺すことはできなくても、俺という人間を一生忘れられないぐらいのインパクトで強烈に植え付ける。
そのために今までクラス内カーストの一番下、匪賊としての暮らしに甘んじて来た。
そんな生活望んでいないというのに、匪賊として安定した日々を過ごすように努めて来た。
だというのに、だというのに、だというのに俺は何をためらっている。
ダメだ。こんな状況で明日作戦を実行に移すことはできない。動揺しながら行動したら失敗してしまうかもしれない。それに片桐美梨に嫌われたくない。
片桐美梨はまた馴染めなかったら定時制高校に行くと言っていた。案外それは早く訪れるかもしれない。そうだとしたら、片桐美梨がいなくなってか行動しても遅くはない。
だが、だとすると片桐美梨はこの学校でもイジメられるということじゃないか。
それはあまりにもかわいそうだ。俺と同じ身分になったら俺としては話しかけやすいから嬉しくもあるがそれでは片桐美梨のためにはならない。
俺はそうか、片桐美梨のためを思うのなら彼女を無視するべきなのかもしれない。
だが、彼女に話しかけられて俺は無視することはできるのだろうか。
いや、できないだろう。できるはずがない。
くそう。くそう。くそう。
こんなはずではなかった。
ベッドに横になり目を閉じた。片桐美梨が来る前の教室を思い描いた。今一番廊下側の列の先頭は鈴井花だ。ボブにした髪がよく似合う丸顔だが、目は開いているのか閉じているのかわからないほどに細い。対して目立ちもしない生徒だ。殺せる。
おそらくはカッターを使おう。拘束して動けなくし、全身を何度も切りつける。そして最後は殴り殺す。切ると殴るのダブルコンボだ。
その後ろは大内智子。こちらはこの教室でも一二を争う頭脳の持ち主だ。東大のA判定が模試で出ていて将来の夢は官僚だと誰かが噂していたのを盗み聞きした。
この女は自分に将来があると信じて努力をしている。俺はその将来をぶち壊してやろう。「お前はいままで散々勉強を頑張ってきたが、それは無駄だ。ふふふ。なぜなら今日死ぬんだから。なあ、思わないかい?今まで勉強していた時間の少しかでも、この教室からカースト制度を撤廃する努力に変えることはできなかったのかって?なあ、頭いいんだから知っているだろう?ガンジーを、坂本龍馬を、キング牧師を。でもなあ、お前は勉強してもそういう奴らにはなれない。お前は勉強してエリートになってもヒトラーの周りでヘコヘコ頭を下げていたような奴ら、スターリンの周りでヘコヘコ頭を下げていたような奴ら、第二次世界大戦の時の日本陸軍のトップにヘコヘコ頭を下げていたような奴らにしかなれない。いくら勉強をしてもクラス内のカーストを撤廃して平和に向けて努力できない奴が官僚になっても社会がまたねじれるだけだ。死ね。」と言い、最後にはナイフでグサリ。うん、殺せた。
その後ろは工藤元気。陸上部の長距離を走っている男だ。うーんそうだな。まずは足を丸ノコで切断しよう。「ほらこれでもう二度と走れなくなったぞ。ふふふ。」と笑おう。あいつは足を失ったことを絶望するだろうか、それでもまだ生きようともがくだろうか。舌を切って叫んだり喋ったりできなくして拘束してしばらくそのまま様子を見よう。そうしたら失血死するかもしれない。うん、殺せる。
俺はそしてクラスの四〇人を一時間以上の時間をかけて一人ずつ殺してみた。
しかし、しかしだ。あの新参者の女だけはどうしも脳みそがいうことを聞かない。殺せない。
くそう。なぜだ。くそう。なぜだ。

(つづく)

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