見出し画像

新聞表記と街で見かける表記の間で

「『たまごやき』は、『玉子焼き』じゃなくて『卵焼き』なんですか?」

校閲記者になりたての頃、新聞表記とそれまでに使っていた表記との違いに戸惑ったものです。
冒頭は、たしか配属直後の私が一番最初にした質問。

校閲記者となって丸2年が過ぎた今、新聞の表記について改めて考えてみたいと思います。

統一されている新聞の表記

中日新聞の記事は、共同通信「記者ハンドブック」の定める表記ルールにのっとって書かれています。

具体例をいくつか挙げると、

▽漢字は、常用漢字表に基づいて使用する
▽旧字・異体字の使用は避ける(例 櫻→、剥→
▽歴史的仮名遣いは使わず、現代仮名遣いを使う(例 ゐ→、ゑ→
▽補助動詞や補助形容詞は原則ひらがなで書く(例 〜が欲しい、〜してしい)
▽副詞も訓読みするものは、ひらがなで書くことが多い(例 たとえ〜でも)
▽ 外国語の二重母音「エイ」「オウ」は長音符号で表すことが多い(例 メイク→メク)

といった感じ。

こうしたルールを作ることで新聞製作がスムーズになり、さらに表記が統一されるので紙面の読みやすさにもつながります。

しかし、その中には「一般的に使われているものとズレているのでは?」と感じる表記ルールもあります。
実際に、疑問を抱いた読者の方からご意見をいただくこともあり、毎月連載のコラム「校閲記者のほぉ〜ワード」で先輩が取り上げたりもしました。

こうした新聞の表記に慣れるまで見逃してしまうことがよくあり、そのたびに先輩方に救ってもらっていました。

ハッとした出来事

今回、そんな「新聞表記」をテーマにnoteを書いてみようと思ったのは、次のツイートがきっかけです。

このツイートに関して、「注意書きが『張られ』ではなく『貼られ』では?」というご意見を多くいただきました。

「記者ハンドブック」の用字用語集で「はる」を見てみると、

張る〔一般用語。取り付ける、広がる〕
   ポスターを張る〔掲示〕
貼る〔特別用語。のりなどで付ける、付着〕
   ポスターを接着剤で貼る
第14版「記者ハンドブック」381ページ(例文は抜粋)

とあり、さらに「迷う場合は『張』を使う」と補足されています。

ツイートを投稿した先輩は、このルールに倣って「張」を使ったと思われますが、私も、リプライをいただくまで「注意書きを張る」に違和感は特別ありませんでした。

でも、この「張/貼」の使い分けも、新人の頃に頭を悩ませていたルールのひとつ。

いつのまにか、ハンドブックのルールが自分の中に浸透してきている…と気付きました。

ルールはあくまで限定的、のつもり

個人的には、「記者ハンドブック」が定めるルールはあくまで新聞校閲をする上でのルールと割り切っています。

仕事外では、「時間がつ」や「車をめる」など、ハンドブックのルールに当てはまらない表記も使ってしまいます(中日新聞では、それぞれ「たつ」「止める」に直します)。

また、これは人によって見解が異なるとは思いますが、私はnoteの文章も新聞とは別物と考えています。
そのため、これまでに私が書いた記事の中にも、新聞ならば修正しなくてはならない表記がいくつかあります。

ただ、そうは言っても…

表記を気にしてしまう場面があるのもまた事実。

たとえば、職場で何か書き置きをしたり、校閲部の先輩にプライベートでLINEを送ったりするとき。
これは新聞紙面に載る文章じゃない!とは分かってはいても、ついついハンドブックを開いて使える表記かどうかを確かめてしまいます

そして、それは街中などで文字を見かけたときにも。
まさに先ほど引用したツイートのような感じです。

もちろん、「新聞の表記が正しくて、それ以外はダメ」だなんてまったく思っていません。でも、普段の仕事では見逃してはならないもの。見かけると、どうしてもビクッと反応してしまうのです。

ハンドブックのルールはあくまで仕事上のもので、日常生活に持ち込んではいないつもりでしたが、こうやって振り返ってみるとかなり影響を受けていますね

新聞表記と街で見かける表記の間で

このように、今では新聞の表記ルールにも慣れ、先輩に指摘してもらうことはだいぶ少なくなりました(ゼロになるよう頑張ります)。
ただ、そうなると最初とはまた違った意味で、新聞表記と普段目にする表記とのギャップに戸惑うように。

今回のようにSNSを通じて、というのもありますし、小説などを読んでいて表記の自由さにハッとすることもあります。

「記者ハンドブック」という拠りどころは仕事をする上で非常に頼もしいものだけど、だからといってそれがすべてだと思い込まないようにしよう。

新聞表記と普段目にする表記との違いを、今の私はこのように考えています。

「たまごやき」は「卵焼き」でも

最後に余談ですが、冒頭の「たまご」の問題。

ハンドブックでは「卵」と書くよう定められています。でも、こんな例外も。

〔注〕玉子丼、すしなどでは「玉子」を使う。
第14版「記者ハンドブック」319ページ

この注意書き、第13版には「玉子丼」のみが例示されていましたが、先般改訂された第14版で「すし」が加わったようです。
このケースにはまだ出合ったことはないですが、今後気を付けたいと思います。