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恋と鴉(終編2)

(とても期間が空いたのでこれまでのあらすじ)

友人、柴田光司。
彼は産まれながらに不幸な体質を患っている。

『電難』と呼ばれるそれは周囲の電気製品に影響し、
快調に動いていた機械もあっという間に狂わせる。
中学に上がるまでに家の電子レンジを五台も壊し、
友人と電子機器で一緒に遊ぶ事も拒否され、
そんな境遇の柴田はよく本を読む子供だった。
その頃の柴田が言った言葉に、

「だって本は壊れないから。」

というのがある。
その一言に柴田の幼少期の苦労の全てが表れていた。

同級生達が高校を卒業し大学に進学する頃、
周囲の流れから離別し柴田は働きだす。
現代の大学生活では機械との接触が不可避と思ったのだろう。

学友達が大学一年目の夏を送る頃、
俺はかつての同級生達と一緒に柴田をバーベキューに誘うと、
柴田は小説のコンテストに応募する原稿を持ってきた。
皆が興味津々原稿を見てみたが、
そこに書かれてある柴田の字は酷い汚さだった。
地獄の魔王でもこうは書くまいと思う程に踊り狂う文字達。
あまりの字の汚さに誰もが内容すらろくに把握できない中、
佐々岡という同級生の女だけが柴田の字を読み進めた。
驚いた柴田は佐々岡に自分が書いた原稿の清書を依頼する。
そして佐々岡も柴田の願いを快諾するのだった。

一方大学生になった俺は些細な切欠から本の世界にのめり込み、
就職先も卒業学部とは関係の無い出版社へと決める。
ある年に一冊の本の制作担当を任されるなか、
ふと小説を書いていた柴田の事を思い出す。
酒の席で話してみると柴田への連絡を勧める会社の先輩。
柴田に連絡をとるのは実に七年振りの事だった。

柴田の電難の体質を考慮し手紙を書いて送ると、
その返事は二週間もしないうちにやってきた。
郵便桶に返って来たのは分厚い封筒で、中には原稿用紙の束。
その原稿には汚い文字があの日と同じように踊っていた。
大学一年目に柴田が見せた原稿用紙と同じ、汚い字だった。
それはまだ柴田が小説を書き続けていた証拠でもあった。

その後、電難体質も落ち着いたと語る柴田と連絡を取り合い、
汚い字で書かれた原稿をなんとか読み進めようとする。
しかし慣れない新しい仕事と汚い字で俺の心は刺々しくなり、
電話口で柴田につい怒鳴ってしまう。
そこに現れた先輩に諭されて柴田と再び連絡を取り合い、
電難による柴田独自の文字認識障害や、
佐々岡への長年にわたる淡い恋心の片鱗を知るのだった。

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(以下本編)

『柴田の文字』という密林で彷徨う事、一か月。
遂に難解な文字に潜む物語の全てを読み解けた。
同時並行で別に手掛けていた編集作業は終わった後、
息継ぎの間を惜しんで『解読』を畳み掛けた結果だった。

紐解いてみると柴田の書いた物語は美しかった。
起承転結の組み立てもさることながら、
その物語に脈々と流れる言葉達が輝いている。
どの点においても濁る事無く、
美しい言葉達が美しいまま最後まで駆け抜けている。
気が付くと清書したデータを会社の先輩に送り付けていた。

柴田の物語を「美しい」と評したのにはワケがある。

言葉にも当然時代の流行り廃(すた)りがある。
かわいい、尊い、カッコイイ、ヤバい。
心が揺れた時に口から出る言葉は数々あるが、
最近「美しい」という言葉を耳にしない。
小学校で書き方も読み方も習う筈のこの言葉は、
今の時代、いざ口に出すのが気恥ずかしいのではないか。

「美しい」という言葉はどこか格調高く、
手軽に口から洩れる様な代物ではない。
どこかの荘厳な建物の中に飾ってある古美術品のような、
「仰々しさ」にこそ親和性が高く、使うべきではないか?
などと思ってしまってるのではなかろうか。

街中で見かけた人にサラリと、

「美しいですね」

なんて言おうものなら同行していた友人に、

「いきなり何言ってんだ」

となじられ、
言った当人もどこか気恥ずかしくなったりするだろう。

だからこそ敢えて柴田の物語を「美しい」と評したい。

仰々しいと思われる言葉で、
言った自分も少し気恥しくなる言葉で賞賛したいほど、
柴田の物語は凄かった。

正直感心した。
柴田、アイツ、本当によくやるもんだ。

聞く限り柴田が小説を賞に応募し続けたのが八年前。
その間に書いた小説は十二、いや十五だったか。
その全てがその時々の審査員に払いのけられ、
自分が一生懸命に書いた作品が落選だった事を知る絶望は、
回を重ねる度に大きくなっただろうに。
なのに柴田が途中で筆を折らなかったのは何故だ。
なんでお前は未だに物語を書き続けられたんだ。

俺は知ってるぞ、
絶望だけを覚えて人は生きていられない。
今や俺もその事を十分に思い知る歳になった。
だから、お前の凄さがより一層判るよ、柴田。
絶望だらけの挑戦の旅路だったろうに、
よくもここまでやり抜いた。

改めて、物語のこの完成度、この美しさ。
絶望を喰らいながら作ったとは思えない出来栄えだ。
どこにもくすみや淀みは無く、
絶望による狂いや歪みは読み取れない。
柴田と言う男は余程精神が頑丈なのか、
それとも既に狂ってしまっているのか。
そのどちらかと確かめる事は到底出来ないが、
紙に書かれた物語の美しさだけは偽りがないのだ。
その事実だけは疑いようがない。

俺が清書を完成させた原稿を送り返すと柴田の奴、
電話口で、

「まるで別人が書いたみたいだ」

と言う。
間違い無くお前が作った物語だよ、
と笑ってやると、

「これ、本に出来るかなぁ……」

と柴田が言った声は絞り出すような声色だったが、
それと同時にまるで未開封の宝箱を手にする子供の様でもあった。
電話越しでもそれが痛い程に伝わってきた。
およそ十年以上にも渡る情熱が内から柴田の身と心を焦がし、
その片鱗に触れたかのように、俺の耳はその夜、
ジンジンと痺れのようなものが抜けなかった。

本にする手段の一つとしてうちの会社から出す方法がある。
どうにか、これを世に送り出してやりたい、
その一心で柴田と何度もやりとりを交わし、
緊張に縛られたプレゼン当日をなんとかやり抜き、
発行許可の連絡が来た時は間髪入れず便箋を手に取り、
柴田宛の手紙を書いて速達で送った。

電話をかけてやろうとも一瞬思ったが、
思いの外、俺の脳味噌は冷静だった。
お前の書いた物語が本になるぞなんて柴田に伝えようものなら、
高い電話の修理代を請求されかねないからだ。
興奮の末に発した電難で絶対ケータイを壊すに決まってる。
もういい加減柴田のそういう部分は俺も判ってるんだ、
それくらいは。

かくして柴田の物語が本として世に出る事になったが、
果たしてこれは俺にとって『仕事』なのか、
それとも仕事に見せかけた他の何かか。

いざ製本された本が店頭に並ぶ日は、
会社の中でデスクに向かい続け、
決して店に足を運ぶ事はしなかった。
俺が行ったところで売り上げが急に上がる訳でもないし、
アラブの石油王が突然来訪して、

「この作者の本を全部くれ」

と馬鹿みたいな買い物をしてくれる訳でもない。
そもそも外国の友人なんて一人もいない。

それに、書店程残酷な場所は無いだろうに。
店の中を行き交う全ての人間が本に対する選別を行うのだから。

買うか、買わないか、金を出すに値するか、否か。
その選別は客が本の前を通り過ぎる度に行われる。
手に取られなかった本を見る度、作り手として胸が痛い。
そんな残酷な場所に居合わせられる程の強靭な精神も無い。
俺はただ、気を揉みながら会社で仕事に向かう精神しかないのだ。

初週の売上なんて聞きたくもなかった。
もし、

「あまり売れてない」

と聞かされた時の胸の張り裂けようを考えただけで胃がもたれる。
全身から「教えるな」という覇気を噴出させていたが、
上司がその態度を見かねてイラついた様子で呼び出してきた。
上司よ、俺だって知らない訳じゃないんです。
俺達がやってるのは仕事だ。商売だ。商品は本達だ。
商品の売り上げの是非を知らずにやり過ごすのは土台無理な世界。
結果を知らずにただ仕事をするのは馬鹿のする事よ。
けれど上司、嗚呼上司よ。
本の売れ行きを知らずにどうかこのまま――いや、無理な話か。

俺は口の中でムカデが蠢いている様な顔だっただろう。
およそ客前では披露できぬ顔で呼び出した上司の言葉を待ったが、
上司の口から出てきたのは「そこそこだな」という、
良いとも悪いともとりがたい言葉だった。
もしかしたら、これは上司の気遣いだったのかもしれない。
事実、後日聞くと、

「そこそこと言うには、うーんまぁちょっと」

という具合だったらしい。

しかし現実はそこからだ。

その日、上司に「そこそこ」と言わせた柴田の本は、
じわり、じわりと売り上げを伸ばし始めた。

気に入ってくれたどこかの店員が熱心にお勧めしてくれているのか、
それとも読んで夢中になった誰かが友達に熱心な布教をしているのか、
それともどこかのインフルエンサーがたまたま取り上げてくれたか。

だが、どの真実を知るのも怖い。
とかく、人の心は『数字』に惑わされてしまう。
何冊売れた、どれだけ売れた。
けれども次回に繋がる程の数じゃないんだ、だの、
正直もうちょっと売れて欲しいんだけど、だの。
数字に惑わされた何かの弾みに、
柴田にそういう要らぬ言葉を言ってしまうのが、怖い。
取り敢えず売れた、だから良い、
と単純な話に落ち着かないだろう。
俺もすっかりこの世界で飯を喰ってる人間なんだから。
だったら知らぬままがいいと、怯えてしまう。
怯えた気持ちが背中を丸めさせ、
会社でもいつもより静かに暮らしていた俺だったが、
ある日すれ違った上司にまたこんな言葉をかけられた。

「おい、あの本重版するぞ」

重版。

重版と聞こえたか。
鼓膜を震わせた空気は重版と響いたらしい。
確かか、あの噂に聞いていた、重版か?

鳩が豆鉄砲喰らう、なんて言葉を実際言った事はないけれど、
思わずそんな顔して上司の顔を見つめたら、

「明日の会議では勿論出すけど、もう決まりでしょ。
 今注文が凄いんだ、知ってるだろ?」
「いえ……?」
「はぁ?知らんのか。見てみろ、売れてるぞ」

いやしかし上司よ、あなた、
あの日に『そこそこ』だって言ったじゃないですか。
そこそこっていう曖昧な言葉を言ったじゃないか。
それがどう巡り巡って、重版に?

半信半疑でパソコンで調べた売上推移を見て、
そのグラフの推移に何度も目を落とした。
グラフの始まりからグラフの終わりへ、
また終わりから始まりへと電車のピストン輸送のように、
それだけでは足りないと、指でグラフをなぞったりもした。
その形は最初こそミミズが一生懸命腹筋しようとしてるみたいだったが、
ある地点からまるでX=Yような、
昔に数学の授業で見たような形で登り始めているじゃないか。

「うそだろ」

と独り言が口から零れる。
うそだろ、うそだろオイ、と、
幾つもの独り言が着地したキーボードからさらに床へと滑り落ちていく。
どこからか現れた一人の同僚が、

「ほーんとっ」

と軽い調子で俺の肩を叩き耳元で囁いてきた。
グラフに心を奪われていたので間抜けな顔で振り返ると、
同僚もピエロ見たいな気色の悪い笑顔で待ち構えていた。

「ところで何が?馬券でも当たったの」

もう今日の業務なんてどうでもいいやと言った感じの声の同僚。
時計も良い時間をさしている。

「これ、これ!」

良い時間だが我が気配は最高潮、
画面を貫く勢いで売り上げグラフに指を突きさすと、

「おお、それな。
 なんか調子良いらしいじゃん、良かったな。
 祝いだ、ラーメン喰いに行こうぜ。おごれよ。」
「いや、ラーメンなんか喰ってる場合じゃない」
「え?」
「ハガキ買ってこなきゃ、ハガキ!」
「おま、今時ハガキなんて。
 ラインかさもなきゃメールでも」
「駄目だ、それじゃ壊れる!」
「はぁ?何ギガの文章送るつもりだよお前は」

また柴田に手紙を送った。
文通なんて今は廃れてしまった文化に則り、
要約すると凄く売れている、重版決まった、と書いて送ると、
その数日後に電話がかかって来た。
電話の向こう側では嬉しそうな声で柴田が喜んでるのが判ったが、

「凄い、こんな事が起きるなんて、ゆ   」

と聞こえた音声を最後に、
ぷつりと電話は途切れてしまった。

ああ、柴田よ、だから手紙で送ったのに。
それなのに我慢しきれず電話なんぞしてきやがって。
感情が高ぶって電難でケータイ壊さないよう配慮したのに。
今回の修理費は請求されたとしても絶対に俺は払わないからな。

そんな事を思いながら口元に手をやると、
自分も柴田の事を言えないと判った。
指先が、自分の口がどんな形をしているか教えてきたからだった。

その後の売り上げはというと重版に次ぐ重版。
無名の作家の人生にこんな事が起きるのかと思わせる程の売り上げ。
あれよあれよと作家、柴田光司の名は広まり、特集などもくまれ、
それがさらに本の売り上げに拍車をかける。
柴田が電難である事の説明は正直理解を得られるか難しい為、
テレビなどのオファーは「本人が顔を知られたくないので」と断り、
専ら文字のみのインタビューだったが、
それでも効果は十分なものだった。
正直テレビの宣伝効果は喉から手が出る程欲しかったが、
本番で緊張した柴田が電難を発し、
何百万、下手したら何千万もする機材を根こそぎオシャカに……、
なんて考えると、背筋が凍って仕方がないので辞退するしかなかった。
本当に惜しい。

だが一度火が付いた波は留まるところを知らず、
ついに、川口賞の授賞を迎える運びとなった。
柴田が最優秀賞を受賞するのだ。

川口賞と言えばその年に販売している本の中から、
内容、売り上げ、話題性の三点において非常に優れている、
とされる本が受賞する古くからある由緒正しい賞であり、
この世の日本語を生業とする者達がどれ程欲しがっているか。
それこそ「喉から手が出る」くらいでは済まされない。

その日、受賞の知らせが出版社を通して作者に届くので、
まずうちの会社に知らせが入った。
上司が俺を呼び、事の次第を通達する。

「君が、柴田さんに教えてあげなさい。
 なんかよく知らんが、あれだろ、
 メールとかは使わない主義なんだろ?柴田さんは。
 今日はもう午後戻らなくて良いから、柴田さんの所に行きな」

ちょっと変な誤解が生じているがどうでもいい、
柴田が川口賞を、と教えられた俺も感極まり、
両手の平で思いっきり瞼を叩いた。
もう喜びの声も出ない。
声にならない感情がただ、この身体に染み渡る。

「ありがとうございます」

ようやく出せただのが、その一言だけだった。

「ふふっ、こういう時に上手い言葉なんて出て来ねぇよな。
 そういうもんだよ、肝心な時に言葉なんて、
 役に立たないもんだ。行ってきな。」

上司の言葉に送り出され、
荷物をまとめて柴田の家へと向かう電車に乗った。
事前に一度柴田には電話をかけ、
在宅である事は確認した。仕事の話がある、とだけ伝えた。

カタンタタン、カタンタタンと、電車が人間を運んで行く。
電車ほど焦(じ)らし上手な機械もこの世に無い。
乗り込む人間それぞれに行きたい場所があるのに、
まだだよ、まだだよ、とドアを開けては閉めて、
色んな駅に途中停車していく。
そこで降りて行く人、乗り込む人、
皆さん今日はどんな用事でこの電車の世話になりますか。
俺はですね、今日昔ながらの友人に、
川口賞の受賞を知らせに行くんです。
そう、今日この車両の世話になる大勢の人間の中、
俺だけが、柴田にそれを知らせに行くんです。
もしこの車両の中に今日プロポーズをする人がいるとしても、
俺には自信がある、俺はその人以上に今、
柴田になんて言って教えてやろうか、と頭を切れる程回している。
ああ柴田、ああ、柴田。
なんて言って教えたらお前、一番びっくりするかな。

焦らし上手な電車から降り、
駅から柴田の家まで赴き、
出迎えた柴田を近くの河川敷まで散歩に連れ出した。
ちょっと川でも見ながら話そう、今日は時間の余裕があるから。
なんて言って。

「そう言えばさぁ」、なんて言葉を皮切りに、
昔話から会話を始めた。
小学校時代から遡り、
中学時代、高校時代の懐かしい話を広げて温める。
そんな事もあったなぁ、なんて笑い合い、
この時において仕事の関係なぞ微塵も匂わせない、
ただすっかり「子供の頃からの友人」にお互いなった、その時。

「お前が、川口賞だって」

と伝えた。

「え?」

突然言われた柴田はそう返す。当然だ。
さっきまで帰り道に踏んだ犬のうんちの話だったのが、
急に変わったのだ。それも、日本有数の賞の話に。

「川口賞の最優秀賞に今年選ばれたのが、お前の本だ。
 おめでとう、名実ともに大作家よ。」

授与式の日取りはいついつ、会場はどこそこ、
いやー、まさかこんな事になるなんてなぁ、
等と言う俺の声が川の音と混じって消えていく。
無言のまま暫く水の流れを無言で眺めていたが、
余りにも静かなのでふと横に立つ柴田の顔を見ると、
静かに柴田は泣いていた。

もし、
努力や苦悩が涙と一緒に溶け出るのなら、
その涙はどんな味がするのだろう。

そうか、そうだよな柴田。
俺も読み難いお前の字を解読したり、
もっと物語が良くならないかと一緒に頭を悩ませた。
そして形になったお前の物語が川口賞を受ける事になって、
この感激、お前と分け合えるだろうと、そう思っていたが、
お前はこの物語一つだけじゃないものな。
これまで幾つもの物語を生んでは払いのけられ、
それでも何年も書き続けてきた末の川口賞。
もう、俺がお前の気持ちを計り知る事が出来ない程の思いが、
その涙に込められているんだな――。

その涙の味を知るのは、柴田だけ。
他の人間が、その味を知る由もなく、
俺は暫く柴田の横で立ち続けるしかなかった。

「その授賞式って身内も呼んで良いのかな」

感情の高まりを抑えた後、
そんな可愛い事を柴田が言う。
ああ呼べ呼べ、おじさんもおばさんも、
じいちゃんも、ばあちゃんも、
会った事の無い知らない親戚も全員呼んでやれ、と言ってやった。
柴田はまだ赤い鼻を少しすすりながら、

「はは、厄介な遺産相続みたいな事になっちゃう」

と笑ってくれた。
そして、

「あの、佐々岡さんも呼んで良いかな」

などと言うじゃないか、柴田が。

そこで俺はようやくこの柴田と佐々岡の間に存在する絆の類を悟った。

そうか、そうだった。
バーベキューに柴田が原稿を持ってきたあの日から、
佐々岡はずっと柴田の呪われたが如く汚い字を毎回読んで、清書して。
柴田も何度も物語を作ってその度に佐々岡はその原稿を。

そうか、柴田がここまで物語を書き続けられたのは、
佐々岡が、なにかの賞に落選する度に柴田を励ましていたのやも。

ああそうか柴田、お前本当に――。

→続き、終編3はこちらから←


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