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002「最果ての季節」見ていると自分の心まで吸い込まれそうな感覚にとらわれた。

 本名・泰野四季(はたのしき)。彼女が雪深い北陸の町でわたしを産んだのは、いまから二二年前、まだ一七才のときのことだった。
 結婚はしていなかった。身重のからだで隠れるように都子さんの旅館へ身を寄せ、まっさらな雪が降り積もった明け方、深夜から続いた陣痛を乗り越えたのだった。
 まるで、絹みたいな朝だったのよ、と都子さんは言っていた。
 旅館の女将をしていた都子さんと、その息子で八つ年上の舵夫。二人のことを、わたしはひな鳥の刷り込みよろしく家族と信じて疑わず、育った。幼いうちに都子さんの養子に入ったわたしにとって、それらは戸籍上でも実生活上でも、かけらすら疑いの余地を抱かせる隙はなかった。

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1,014字
学生時代にとある公募で一次審査だけ通過した小説の再掲。 まさかのデータを紛失してしまい、Kindle用に一言一句打ち直している……

❏掲載誌:『役にたたないものは愛するしかない』 (https://koto-nrzk.booth.pm/items/5197550) ❏…

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