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【0005】えむしたのこと「のらりくらりと姿を眩ましていられるほど、わたしの将来は盤石じゃない」

 歌わなくなって久しい。それでも、未だに誘いは来る。身に過ぎた話だ。そんな好意を、都度頭を下げ断ってはいても、わたしの状況を知らない人々のあいだでは「えむちにはもうやる気がない、自分の立ち場を勘違いしている」などなど、噂は好き放題にひとり歩きしているらしい。事実には違いないし、わたしにはそれをくつがえす術がない。

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ルームシェアをしながら、歌い手活動をしている「明日」と「えむち」。明日の部屋の一輪挿しが枯れ、花瓶の水が澱みはじめた頃、えむちはようやく今回の失踪が普段の気まぐれとはどこか違うのではないかと察する。不安は的中しており、明日の体には常盤色化と呼ばれる異変が生じはじめていた。植物の蔦を模したようなしみが皮膚に広がり、やがて全身を覆ってしまう奇病。一方、えむちはある事件をきっかけに人前で歌うことができなくなっていた。移り変わってゆく、彼女たちの季節を追う物語。

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