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2月28日 社会派短歌と伊勢の桜

 今日も練習です。ちょっと社会派に挑戦。

 チームから2人目の感染者でて笑顔の練習始めるチーフ

 この夏にマスクをつけて臨むべきかのっぺらぼうが会議を持った

 教科書が電子化されて電子化に興奮していた男子が消えた

☆    ☆ ☆

 古今和歌集の歌は「理知的」と評価されることが多いのですが、理知的ってどういうことなのでしょうか。

 それは例えば理屈っぽいということであり、別の言い方をすれば謎解きっぽいということなのです。

 と言うことで、古今和歌集の謎解きクイズをやってみましょう。

年を経て花の鏡となる水は散りかかるをや曇るといふらむ(44 伊勢)

 水面は景色を映し出すので、水鏡とも呼ばれます。その水鏡が「曇る」と言っているのですが、


 Q、水面がどんな状態になったものを「曇る」と言っているのでしょうか。

 

 水面は普通、曇りません。水ですから。

 曇るはずのない水を「曇る」と言っている所に詩が生まれました。「曇る」は見立てられた景色です。
 ではその見立てられた、曇りだと言ってもおかしくはない景色とはなんでしょうか。

 もう、わかりましたか?

 答えは「水面に梅の花弁が散り敷いた景色」です。

長い年月
花の姿を映し出す鏡の役割を
担ってきた水は
梅の花弁が散って降りかかってくるのを
曇る、というのだろうか

 初句の「年をへて」の解釈が難しいですね。

 長年梅に付き添ってきた忠誠心を発揮して、梅の姿を映すのを邪魔する花弁を「曇り」と表現するのか。

 それとも、年月を経て梅に感慨を催さなくなった水面が、花弁をただの塵のように扱っているということなのか。

 梅は賞美すべき、という前提に立つなら前者のような気がしますが、さてどうなのでしょうね。


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