夏を感じる卯月のことなど
6時半ごろ帰宅したら8歳の長男がピアノを弾いていた。上手いねと誉めたら失敗ばかりだったよと口をとがらせた。
幼稚園は自由登園だった。だから下の二人は一日妻といて夕飯以外のやるべきことは大体すませていた。一方長男は小学校の後にずっと遊んでいたらしい。妻がイライラしている。ピアノの後は英語のレッスンと学校の宿題。長男はちっとも始めず遊んでいる。妻ががなる。
仕方が無いから僕はお尻をかいてる長男に付き合ってくすぐってやった。すると長男は赤ペンで漢字の書き取りを始めた。書きつけるのは僕の手足だ。僕の手足は真っ赤になった。お風呂でとれるかな。
4月に夏があふれている。蒸し蒸しする暑さだ。きっともうすぐ梅雨がくる。
古い夏の歌をみてもホトトギスと橘ばかりでこの鬱陶しさを代弁してくれるようなものはない。そんな愚痴めいた歌が勅撰和歌集に載るとは考えられないけれど。
「音羽山を越えける時にほととぎすの鳴くを聞きてよめる」だそうだ。
音羽山はその中腹に清水寺を抱く。その名に音を冠する山でほととぎすの声を聞いて気持ちが盛り上がったのだろう。ただ少々できすぎな気もする。だいいち適切な季節に山へ行けばほととぎすは鳴くに決まっている。きっと狙い澄まして音羽山へ聞きに行ったのだ。その上で偶然を装って気持ちを盛り上げてみせている。
古今集の歌人達にはそういうところがある。演じるように歌って、やんやと喝采を浴びたのだろう。楽しそうなことをしている。
引き比べて冒頭の歌はどうだ。鬱々としていかにも現代の中年らしい一首だ。言いたいことはよく分からないながらその陰鬱さに共感がわく。
東直子の評を引く。
夏のひかりはすでに敵性すら感じさせる他者的存在なのだ。海辺で溶け合うように塗れたかつての光はもう失われた。それが眩しければ眩しいほど、己の影が濃く沈む。
こんな共感が楽しくもあるから、中年も捨てたものではない。影を抱えて自己憐憫に浸ってみたりして。
だから、夏の光はちんぽこ握ってのたうち回っている息子たちに任せよう。
令和4年4月15日
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