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#36 お引越し

がらんとした部屋に陽が差し込む。

部屋の四隅はくっきりと見えるし、床は光っている。

あんなところにコンセントあったんだと今になって思ったり。

ミニマリストもびっくりのその自室をじっと眺める。

何も、ない。





転勤族の親から生まれた自分にとって、引っ越しの経験は普通の人よりは多い。

だが、特に引っ越しが多かったのは物心つく前で、学校に通い出してからは県をまたぐような大きな移住はしていない。

今回の引っ越しは実に10年ぶりといったところか。

1回前の引っ越しの時のことはあまり覚えていない。あまり深いこと考えずにさっと準備して引っ越したのだろうか。がらんとなった部屋を写真に収めてはいたため、それを見返して懐かしんだ。

私が1つ前に住んでいた社宅は数年前に誰も住まなくなった。何棟も連なる県営住宅みたいなやつだ。5年前、同じ社宅に住んでいた友達と中学校の恩師に会いに行ったついでに見に行ったことがある。

ビニールテープで塞がれた1階の郵便受け、塗装が剥げた扉、苔が生えた階段、固く閉ざされてしまった小さい頃は秘密基地みたいでワクワクしていたガスメーターとかが入っている倉庫。

変わり果てた光景に、2人して息を飲んだ。

「なんかジブリに出てきそう」

そんな感想が漏れるくらいの今にも取り壊されそうな廃墟を後に、2人は今住む町に帰ったのだった。

引っ越すときは何も思っていなかった過去の住居も、こうして見返すと非日常な風景となって蘇ってくる。なんなら、ある種の違和感さえ感じる。

今住んでいるこの家は、社宅みたいに古くはないのだから、きっと、いやすぐに次の居住者がやってくるはずだ。

となると、今見ているこのがらんとした部屋には、新たな人物の日常が詰め込まれてゆくことになる。

これまた違和感を感じてしまう。

自分が住み続けた、自分の日常であったこの場所に、別の人の家具とかがどっさり溢れるのだ。

何かを侵された気分になる。

逆に自分も、新居にベッドとか机とか棚とか、今の家にあった物たちを移動させる。元は誰かの日常だった場所に。

なんか家具と部屋が共存している絵面が想像しにくい。

けんかしそうというか、、、

これらの違和感の正体は、きっと想い出とか記憶とかおっきい感情とかがたっくさん染みついたこの部屋と家具と自分のうち、部屋だけを切り離すことがどこか納得いかないってことだろう。

想い出がつまった物は捨てたくないと願うのと同じように、「物」とは言いにくいが部屋だって自分をずっと鏡のように写してきた存在だからそう簡単に変えたくはないのだ。

ベッドに寝っ転がった時に見る天井1つとっても、数えきれない感情が詰まっている。

受験に失敗して茫然と眺めた天井、好きな人からのLINEを読む前の昂った感情で眺めた天井、明日のことや誰かのこと、そんな小さな悩みに打ちひしがれながら見つめた天井。

思春期から大人になりきれない、まだ成熟しきらない自身の感情を知らず知らずのうちにたくさん受け止めてくれていた。

自分の成長そのものであるこの部屋を離れることは、やっぱり寂しい。





引っ越しのために部屋の押し入れを整理していると、昔のものがたくさん溢れる。

昔の教材やノートは殆ど前の引っ越しで処分していたものの、小学校の頃書いていた学校の日記帳、中学校の頃の生活ノートは押し入れの奥に大切にしまってあった。

それを見つけて読んでいると、昔の自分も文章を書くことが好きだったんだなあてしみじみと感じさせられる。




この頃は毎週日記書くのが楽しくってめちゃ話盛ってた記憶が、、、(笑)

これからも、文章で誰かを楽しませて、そして誰かの助けになればいいなあ。






新しい家に入ったのは初めてだった。

大掛かりな清掃が入った後でも生活感が随所に感じられるその家にいると、誰か別の人の家にお邪魔している感覚がどうしても拭えない。

大きい家具の配置を引っ越し業者さんに伝え、続々と机や棚が運び込まれる。

部屋の広さ自体は前とさほど変わらないので、一気に既視感のある空間が作り出される。

部屋の真ん中には大量の段ボール箱。

これ全部開封かあ、、、

気の遠くなるような作業だ。

ただ開けないと住めないので黙々と部屋をつくっていく。

しばらく経つとなんと友達がサプライズで花束と引っ越しそばとケーキ、それにくす玉までくれた(くす玉???)

なんて粋なことをするんだと思ったが、忙しかったためあまり話せなかったのが悔しい。

ちなみにケーキはその日の昼食になった(そばはつゆの捜索活動が難航し断念)

それからもずっと作業を続け、気づけば日が暮れていた。

新しい地で迎える初めての夜だ。

ベッドと布団は準備したので寝転がるが、とてつもない違和感を覚える。

友達の家に泊まりに来たことはあるものの、いざこの地でふつうに毎日寝るっていう感覚が信じられない。

明日朝起きてもそのままここでの生活は継続し、新たな日常が紡がれてゆく。

うわ、まじか、まじだ。

急に不安を感じてしまう。みんなそうなのだろうか。

明日はなにしようか。散歩でもしようか。美味しいごはん屋さんでも開拓しようかしら。

そんなことを考えながら寝付く方が有意義であることは間違いない。

だから、できるだけ楽しい想像をする。

これからは友達にいつでも、距離のギャップに悩まされることなく、会うことが出来るんだ。

なら、いいじゃないか。

この地に愛着が湧くかなんて知らないが、少しずつ、体を慣らしていこう。

頭の中で、髭男のパラボラを流してみる。

「靴底を擦り減らしてドアの向こう側 まだ遠くで不確かでぼやけてる理想像も 追い越すような軌跡を描いてみせるよ」

セルフエンドロールごっこ(#30)をしながら、新居で初めて眠りについた。

新天地でも頑張るぞ!!!


#36 お引越し おしまい
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