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#32 マザードリーム

その日はたまたま1日暇だった。

大学も冬休みに入り、バイトもなく、その日はゆっくり温泉にでも浸かりにいこうかと考えていた。カーシェアの割引券も溜まっていて消費したかったし。

すると母がついてきたがった。専業主婦で、普段ずっと家にいる母は週末しか買い物や病院以外で出かけることはない。

父は最近仕事も忙しく、週末でも自宅やどっかのコワーキングスペースでパソコンをカタカタしている。

だから日ごろの鬱憤が溜まってしょうがないのだ。

自分も週末はバイトや友達との遊びで家をあけることも多かったため、今日は親孝行しようかと思った。

何気に、母を助手席に乗せて遠出するのは初めてだった。

母は運転はできず、いつも父の運転する車に乗っている。私はその後ろに座るのが日常だ。

見慣れぬ景色に、なんだか感慨深いものを感じた。家族を乗せて運転すると、一気に自分が大人になったことを実感できる。

スーパー銭湯の豪華版みたいな温泉にゆっくり浸かってのんびり考え事をしていたら、1時間も経過していたらしい。

風呂からあがった先で母にそう言われた。

その後適当にチェーンのレストランで食事をし、真っ暗になった海沿いを走る。

その帰り道では、普段は絶対話さない

「自身の誕生ルーツ」

つまるところ、母の過去の色恋、現父との出会いについて語ってくれたのだ。

家によってはそのくらいの話いつでもできるだろうが、我が家はなんかそういう話はしないのだ。

別に自分だってどうみても上手くいってない母と父の出会いなんぞ全く興味なかったし、自身の恋愛事情を詮索されるのも絶対嫌だったからだ。

そういう話をオープンにできる雰囲気はなかった。

でも生まれて20年以上経ってやっと、今まで極稀にちょっとだけしか話していなかった、母が過去に出会った人の話のフルバージョンを聞くことが出来たのは、自分の心が大人になったことを分かってそういう話を解禁されたようで印象深かった。

実際、自分の精神年齢もいくつか成熟し、母と話せる話題の壁が少しずつ取り払われているような気がする。

大学の友達の恋愛事情くらいならおもしろおかしく話せるようになった。

昔なら知らないし興味ないの一点張りだっただろうに。


今回はそんな母の過去のエピソードを綴っていきたい。昭和と令和、変わるものもあれば変わらないものもある。まるで母のドキュメンタリーを覗いているような感じで、その中でなりたい自分とはなんなのか、考えさせられるドライブだった。



episode1. 「罪深き申し訳なさからの選択肢」Aさん


母は元から異性を好きになる性格ではなかった。

ただ当時は美人だったらしく、異性にはけっこうモテたそうだ。

そのせいか実りもしないのに母に近づく哀れな男性は多かった。

「私可愛かったから」

そう微笑みながらも乾いた表情で母は言う。息子の立場だからだろうが、全然憎たらしくなかった。

そんな母に近づいた第一の男性はルックスもよく、みんなの中心にいるような人だったそうだ。

その人を、Aさんと呼ぶことにする。

最初は男女数人で遊びに行っていたようだが、途中から二人で行こうと誘われるようになり、平日は働いていた母にとって週末どこかに連れ出してくれる存在は重宝した。

ただし、誠実そうな人だったから二人で遊ぶことも了承しているのであって、Aさんが好きだから付いて行っているわけではない。

それにAさんは気づけなかった。

そして何回目かのデート先でAさんは告白した。

でもAさんが好きなわけではなかった母は申し出を断った。

ただ、母の中に

「申し訳ない」の五文字が浮かんでしまう。

これだけ尽くしてくれる男性を無下にすることに。

これがAさんを狂わしてしまったのだと私は思う。

どうしてもだめなのか?と引き下がるAさんに対して母は

「友達からなら、、、」

という選択を与えてしまった。

まるでこの先母がAさんを好きになるかもしれないという一縷の望みを含んだ言葉だ。

男性からすれば、正直

「全然友達からでも!!!」

と答える選択しか残されていないのである。

ここで

「いや、ここで恋人になれないのならあきらめます」

なんて言う人がいれば見てみたい。

これは男性にとって非常に罪な一言だ。

私は母にそう言うとけらけら笑った。

「今思えばその時点で迷いがあって好きじゃないなら、その先友達が好きに昇格することなんてないのにね」

本当にそれは悪いぞ。

過去には戻れないが過去の母に会えるのなら叱りたい。

実際、その後もだらだらと、Aさんの方だけ熱くなって、近所の人に紹介なんかして、すっかり彼女だよ感出してきちゃって、流石に母もしんどくなってきちゃって、プレゼントなんかももらっちゃって、もうあとに引けなくなりそうで、、、

ついに母は別れを切り出したそうだ。

そもそも付き合っていないのだが。

Aさんからすれば母にかけた想いはかなり本気だったそうで、車内で二時間は説得されたそうだ。

ただ、いくら説得されたところで母は気持ちが変わるタイプの人ではなかったのだ。

結局、その日がAさんと会う最後になった。


なんというか、もう、、、

Aさんがいたたまれなさすぎる。

こう、異性を好きにならないタイプだけど、押しに弱くてずるずるいってしまう人を冷静に分析できる力がないと、こういう未来が待っているのだなあと思った。



episode2. 「昭和版蛙化現象」Bさん


母は昔から相手の気になるところをたまにグサッと言ってしまうところがある。

普段はおとなしくふわふわとしているためか、そのギャップでだいぶ傷つく人もいるだろう。

そんな母に近づいてしまった哀れな男性二人目、Bさんも合コン的なものから個人的な遊びに誘った人だ。

これまたグループの中心人物で、みんなをまとめるのが上手いしっかり者だったそうだ。

ある日、二人で食事に行った際、Bさんが服に何かのソース?をこぼしてしまった。

別にこぼすこと自体はいいのだ。

ただBさんは予想以上に慌てふためいたそうだ。

「うわあもうどうしよう!?!?」

って言いながらずっとナプキンで服についたシミを取ろうとしている。

これに、母はドン引きしてしまった。

今までみんなをまとめるしっかりした人というイメージがついていたからか、この程度のことで心を大きく乱してしまうということは、器が小さい人なのかもしれない、と悟ったのだろう。

また、Bさんはただでさえ方向音痴の母を上回る超絶方向音痴であった。

昔は車にカーナビがなかったため、事前に紙のマップを見て経路を頭にたたき入れてから運転するのが常識だった。

でもBさんはマップを見ていても、信号で曲がるたびに道が分からなくなり、助手席の母にマップを開かせていたそうだ。

それにうんざりしていた母はつい、

「Bさんって方向音痴だね」

と言ってしまったのだ。

これにBさんはけっこう傷ついてしまったようで、その後何度もBさんからボロが出るたびに、母のグサッと刺さる一言をくらった。

それが続いたある日、ついにBさんが根を上げ

「このまま付き合ってるとしんどい」

という理由で一方的に振られてしまった。


集団の中の彼と個人としての彼はもちろん違う。

最近よく聞く蛙化現象はいつの時代だって存在するが、お互いが許せるゾーンと許せないゾーンをきちんと把握するのが、付き合うという過程では必須なのかもしれない。



episode3. 「電話番号聞いてくれない」Cさん


いつの時代も、奥手な男性というのはいる。

異性にそんなぐいぐいアタックなんてできないという気持ちは非常に共感できる。

ただ時として、「なんで?」と思うような事例も存在する。

Cさんは、肝心なことを聞こうとしない。

母とCさんが初めて二人で出かけた時、母はもともとCさんの電話番号をもっていたので良かったのだが、Cさんは母の電話番号を聞こうとしなかった。

二人で出かけるまでこぎつけておいて、だ。

この時代で言う電話番号は固定電話のことだ。

あの親が出るかもしれないハラハラ感がたまらないそうだ。

それで、いつも母がCさんに次はどうするのか電話で問い合わせていたが、母はそれになんかモヤモヤした。

これ、私が連絡しない限り、もう会えないってことになるよね?

母の予想は見事に的中する。

人を好きにならない母は、ちょっとしたいたずら心か実験で、Cさんに次はどうするの電話をしなかった。

するとその後一生Cさんから連絡はこなかったそうだ。


そりゃそうだ(笑)



episode4. 「一瞬だけのセクハラ野郎」Dさん


母は誠実な男性を求める。

求めるというか、本当はそれが前提条件で、そうでない人はそもそも対象外という意味だ。

だから今回は哀れとはいえない単純にやばい奴、バンドマンのDさんの話だ。

彼は音楽が好きだったようで、ドライブしていた際もずーっと好きな音楽の話を延々としていた。

その中で、呼吸法の話になった。

(呼吸法??)

合唱をやっていた母にとってはまだついていける話だったが私にとってはさっぱりの分野だ。

それで正しい呼吸法?

の説明をしたかったのかもしれないが、なんとDさんは突然母のお腹を触ってきたのだ。

これには母もドン引き超えて青ざめたそうで、めちゃくちゃ露骨に嫌な顔をしてみせた。

それがあってからか、ドライブ終わりに別れを切り出したらしい。

これまた粘着テープな人で、車の中で二時間も説得されたんだそう。あれ?これさっきも聞かなかったっけ?

母にとってDさんは「一瞬の人」だそうで。



episode5. 「仮面をかぶった計算高き男」現父


その男は緻密に計画を立てる奴だった。

ある日母の同僚の女性、Eさんが知り合いの会社の男性数人を連れて合コンをすることになった。

Eさんは勝ち気で、歯に衣着せぬ物言いが特徴な女性だった。

Eさんが誘った会社の人の同僚が現父にあたる男である。

母もEさんに誘われ、会場へ。そこが初めての出会いだったらしい。ちっとも興味ないが。

そしてまた次も、同じメンバーでご飯にいく機会があったそうだ。

あの男が何を考えていたかは知らないが、恐らく母をマークしていただろう。近寄るんじゃない。

男は、母の後ろについていく形で店に入った。そうすれば確実に席が隣になれるからだ。

そんな策略も露知らず、母は隣に来た面白い話をたくさんしてくれる男と楽しく過ごした。

その食事の場で、このメンバーで今度出かけようという話になった。ただ今ある男性陣と女性陣の架け橋はEさんとその知り合いの男性しかなかったため、あの男がEさんにこう持ち掛けたそうだ。

「これからいろいろ事務連絡とかで必要になるだろうし、電話番号交換しない?」

すると一瞬にしてEさんは

「嫌よ!」

と言い放った。

そう言われた男は仕方なく、隣にいた母に番号の交換を持ち掛けた。

もしこれが全て計画されていたものだとしたら?

もう気味が悪い男である。

そうしてこんなことを何度もし、母の心を手玉にとりおった。

母から見たら、あの男はとても誠実な人だったらしい。

あの仮面をかぶっただけの男に。

騙されるな!!!と言いに行きたいがそうするとマンガである展開のように、体が透明になってゆくのが想像できる。

結婚してからこのエピソードを父から聞いたとき、母はひどく落胆したそうだ。






そして私が生まれ、今に至る。

50を超えた二人は、はたからみてとてもじゃないけど上手くいっていない。

趣味は全く合わないし、昭和の価値観から今一歩抜けきれない父と、誠実さで結婚し「あなたが私を好きって言ったんだよ」とか言って別に父が好きなわけではない母。

母が父に一方的に怒鳴られて言いくるめられて終わる喧嘩。喧嘩とはいわないが。

ただただ時間が流れる生活という感じ。

こんな風景を見ているからか、私は計算高い男になりたくない。

計算高い気質が支配欲になってしまう可能性が否定できないのだ。

全員がそうでなくとも、私はこの一例しか見て育っていない。

私は父母が泣いているのを一度たりとも見たことがない。もっと感情を露わに生きたほうが人間らしくて素敵なのになって思う。

ここ何年以上、私も泣いていないが。

楽しいことは楽しいで思いっきり笑って、悲しいことは悲しいで思いっきり泣いて。

夫婦の力関係は対等で。亭主関白なんてくそくらえ。

好きなとこは好きって、嫌なとこは嫌ってぶつけられて。

そんな家族がいいなあ。

願うじゃなくてもう自分で作る年になったが。

正直、母が他の男性と結婚していたら私の性格はどうなっていたのかと思う。透明になって消えないとして。

ない話だが想像はできる。

母の輝いていた頃の話は、自身の中身とこれからを考えさせてくれる。

今の家族を反面教師として、私は私が幸せと言えるあり方を目指したい。



来年もよい年になりますよーに!


おしまい





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