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インド漫遊記〜バラナシ②〜

そんなわけで、摩訶不思議な町、インドのバラナシで、のちに僕の人生を決定的に変えた男性と出会ったのだ。

貧乏旅の道中なのだから、生活費となるホテル代と、食費は最低限に抑えた方がよい。そして、その方が旅行気分ではなく、行者の修験道にも似た崇高な行いに当時は思えていた。

もちろん単純にお金がなかっただけなのだけれど、そんなわけで毎晩、具がほぼ入っていない、しゃばしゃばした、対して美味しくもないカレーを、日本なら絶対に保健所から許可が降りないような不衛生な食堂で食べていた。

バラナシに着いたのは、旅を始めて、2週間ほど経った頃だったろうか。

バラナシは、今までの町より物価が安く、バックパッカーの集まる町だった為、さまざまな国の料理を安く食べる事が出来た。

確か、『かつ丼』と丸い日本語で書かれていた食堂に入った。美味しくもないカレーを毎晩食べ続けるという修行に疲れ果てた僕は、日本食の誘惑に何も考えぬまま飛び込んでしまったのだ。

もちろん美味しくなかった。

高かっただろう値段など、記憶は曖昧なのだが、不味かった事だけははっきり覚えている。しかし、そこの店主が感じの良い人で、インド人に対しての憎悪に疲れ、すり減った僕の心を癒す、インドで始めての行きつけのお店となっていった。

日本食以外にも様々な国の料理を店主が一人で提供していた為、たぶん全て美味しくなかっただろうけど、その研究熱心さと、外国人観光客に喜んでもらいたいという優しさが活かされた、彼の唯一の得意料理であっただろうソウルフードのカレーだけは、めちゃめちゃ絶品だった。

だから毎日彼のお店へカレーを食べに行ったのだ。

そんなお店で、お昼時にカレーを食べていたら、長髪で、頬まで埋まるほどの立派な髭をこしらえた、静けさというか、ただ疲れた様子の、黒髪の小柄な外国人が、斜め向かいの席で、本を読みながらカレーを食べているのが目についた。

インドの喧騒や、旅にただ疲れ、ひとりで静かに過ごしたかっただけかも知れないが、その姿は知的で、色気があるように僕の目には映り、気がつけば観察していたというか、目を奪われていた。

翌日もいつものように、お昼時にそのお店へカレーを食べに行ったら、また同じように読書をしながら、カレーを食べている彼がいた。

旅の道中、見ず知らずの人に話しかける事にはもう慣れていた頃合いだったので、彼には迷惑かもしれないと、ためらいもしたが話しかけに行った。なんと話しかけたのかまでは覚えちゃいないけど、愛想良く丁寧に対応してくれて、ほどなくして打ち解けていった。

彼はスペイン人のルベンという名前のミュージシャンで、スペインではバーなどで弾き語りをしているという。

当時僕は、エレキギターを抱え3人組のロックバンドを組んでいたが、ベースが鬱になってしまい線戦離脱。ライブ活動は出来ずにいた頃であった。

音楽の話しや、インド人の悪口などで意気投合して、彼はその晩に、ガンジス河沿いで唄うから是非遊びに来てくれと、美味しそうにカレーを食べながら、少し照れ臭そうに僕を誘ってくれた。

もちろん僕は、その夜また会おうと手を振って、摩訶不思議な町、バラナシの路地へ散歩へ出かけて行き、夜が来るのをわくわくしながら待っていた。


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