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残りものに福があるというのなら私はとびきり幸せになれるだろう

「酒を飲んでいる時、すべてを忘れられる。そんな時があった」

「ふうん」

 私の部屋のベッドで隣に寝転ぶムスヒは気のない返事をする。私は気にしないで話を続けた。

「今では酔っていることがもったいないと感じる時さえある。自らの感覚というのを信じるようになったからかも知れない」

「ふうん」

 ムスヒは平らな胸を私の背中に押し付ける。

「そんなこといいからさ、致そうぞ」

 そう言ったムスヒは私の体に触れた。

「確かに」

 私は寝返りを打ってムスヒの方を向いた。

「こうしている時は本当に生きている感じがするな」

 ムスヒと致したあと、また私たちはとりとめのない話をしていた。

「私さ、長いこと彼氏いなかったんだよね」

「そうなのか?」

 意外だ、と思うと同時に意外でないと思った。

「その時私ね、自分のことをとても責めた。どうして私はこんなにダメなんだろうって。どうして人類の歴史上ほぼ一人も欠けることなくしてきたであろう恋愛という簡単なことひとつ出来ないんだろうって。私のせいで私の血筋は滅んでしまうじゃないかとか」

「それは、心中察する」

「ありがと」

 またムスヒが私の背に平らな胸を押し付ける。

「ねえ、タツヒコはさ。モテるから分からないでしょう?」

「いや、理解は出来る。私は誰かを愛しているようで愛していなかったからな」

「今は?」

 背中からムスヒの不安を感じる。

「言わなければ分からないか?」

「うん、分かんないね! 絶対愛しているって言わせてやる!」

 ムスヒが私の背中を撫で始めた。だがそれは興奮を誘うものではなく、悪戯しているといった感じだった。

「不遇に見舞われた時、怒れるというのは健全な証拠ではないだろうか」

「え?」

「不遇に見舞われた時に自らに原因を見出し、自らを責める姿はこの国の人々の美徳だ。だがそうして思考停止して自己憐憫に浸っているのは果たしていいことなのだろうか」

 ムスヒの背中を撫でる手が止まった。

「自らを責めて、その場で立ち止まってしまえば何も状況は好転しない。自らの不遇を克服できるのは自分でしかない」

「その通りね」

「その時、一番の力になるのが怒りだと私は思う」

「どうして?」

 私は一度息を吐くと、再び口を開いた。

「怒りほど無駄な感情はないと思っていた。だが、怒りは必要だから我々人間に備わった感情だ。その怒りを何に向けるか、誰に向けるか、それが重要なのだと私は考える」

 ムスヒは何も言わない。

「自分だ。自分に怒るんだ。自分の不遇に怒るんじゃない、他者に怒るんじゃない。自分自身に怒るんだ。私はこんなものではない。なぜ私がこんなところで燻っている? なぜ私がこんな苦汁を舐めている? そう自分に問わねばならない。自分のことを責めてしまえば問題は解決しない。怒ることと責めることは違う」

「ごめん、違いが分からない。自分を責めると怒るの違いが分からない」

「そうか、似た言葉だからな。無理もない」

 私は再び寝返りを打ってムスヒに向き合った。

「自分に怒るというのは自分を叱咤すると言えばいいだろうか? 自分を激励すると言えばいいだろうか? それに対して自分を責めるというのは自己否定する状態だ。自分に発破をかけるのと、諦めてしまうのとの差だと私は考える」

「なるほど。ちょっと分かった」

 ムスヒが柔らかな笑顔を見せた。

「ところで」

「何?」

「私に私が言いそうにない言葉を言わせるということだったが」

 ムスヒは今まで忘れていたのか、手を打って目を輝かせた。

「本当ね! 言わせてみてえ!」

 なぜかムスヒは寝ころんだままシャドーボクシングをする。シュッシュ、とジャブとストレートを一度ずつ。

「ムスヒ、愛している」

 私の言葉にムスヒの表情が固まった。

「言っちゃったわね」

「ああ、負けた。こんな清々しい気持ちになるのなら、負けるのも悪くないのかも知れない」

 ムスヒが首を横に振った。

「負けてない。タツヒコの勝ちよ」

 ムスヒが柔らかくキスをしてくれた。

「私、今とっても幸せな気持ちだもの。タツヒコの勝ち。誰がなんて言おうと」

 私は黙ってムスヒの頭を撫でた。もう一度、ムスヒの言われたい言葉が出そうになったが、乱発してはよくないだろうとにこりと微笑むに留めた。

Fin



 

おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)