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「勝ち負け」と「好き」

「自分が満足できれば勝ち負けなんてどうでもいい。」
そういった意見に対して否定は出来ないが何とも言えない不快感がある。評価を受ける場合における真剣勝負を軽く見ているように思う。

結論を言う。そうした感覚は勝ち負けにこだわり続けた先にある瞬間的な領域であるべきだ。真剣に勝負の海を泳ぎ続けたからこそ、ふと起こりうる感情である。前提の欠けた自己肯定は負ける前の言い訳か、負けた後の慰めだ。
矛盾しているようでもあるが勝負を超越したその瞬間の為に勝負にこだわる。

しかし、「勝ち負け」や「自己と他人」というような二項対立を忘れて純粋な「良い」や「好き」といった領域に到達しても、次の瞬間には別の事を考え出すか悔しさを思い出す。

評価は怖くて辛い。けれども「好き」に到達した一瞬はやはり幸せな訳で端的に言うならワクワクする。
その極僅かな一瞬の為に怖がりながら物を作る。

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