ブルックナーが苦手な人のためのブルックナー講座【補講】

(※8月20日(月)18時から放送されたOTTAVA Saloneでの特集内容を再構成したものとなっております。)

アントン・ブルックナー(1824-1896)

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ブルックナーの交響曲が演奏されるコンサートでは「男性トイレに長蛇の列が出来る」ことでお馴染みのアントン・ブルックナー。それゆえ、女性受けが悪いという定評もあるのですが、番組にいただいたメールでは男性でも苦手という方が多数いらっしゃったり、もちろん女性でも大好きな方もいらっしゃいました。

ですから、ブルックナーは自分には関係ないと頭ごなしに否定せず、まずは色々と聴いてみていただければと思います。とはいえ、ブルックナーが音楽史に名を刻む他の作曲家と比べても、かなり変わった存在であるということは間違いありません。その「変な部分=特異性」にまず迫ってみたいと思います。

1)時代背景にみるブルックナーの特異性を知ろう

話はまず、ベートーヴェンが亡くなった1827年に遡ります。ベートーヴェン亡き後、19世紀半ば以降のドイツでは、ベートーヴェンが築きあげたものをどう受け継いでいくかという方針の違いにより、ざっくり言うと【保守派】と【革新派】のグループに分かれてゆきます。

【保守】ヨアヒム(1831-1907)、ブラームス(1833-1897)
【革新】リスト(1811-1886)、ワーグナー(1813-1883)

この対立が、露骨に表れたのは1860年のこと。保守派から革新派に向けた声明文が雑誌に掲載されたのです。ちなみに当時既に、メンデルスゾーン(1809-1847)やシューマン(1810-1856)はこの世を去っていました。

あくまでも、音楽そのものだけで音楽を成り立たせようと考えていたブラームスと、ヴァイオリニストで作曲家のヨアヒム。それに対し、主な批判の矛先となったリストとワーグナーは、音楽に文学や物語の要素を持ち込むことで、新しい音楽の可能性を切り開こうとしていたのです。

こんな対立構図になっていた19世紀後半のドイツの音楽シーンに、遅れてきたルーキーとして登場したのが、アントン・ブルックナー(1824-1896)でした。年齢的にはワーグナーとブラームスの間ぐらいなのですが、作曲家として本格的に活動をはじめたのが40歳からと、非常に遅かったのです。

ブルックナーは作曲を習っている30代の頃に、師事していた先生からの薦めでワーグナーにハマり、後にはワーグナーに面会した上で自作を献呈しています。ところが、ブルックナーには重大な欠陥がありました。ワーグナーのオペラ(正確には楽劇)を観ても、物語をキチンと理解できなかったのです。そもそも、ブルックナーの本棚には、楽譜などを除けば、聖書ぐらいしかちゃんとしたものはなく、文学的素養が欠如していたのです。

だからこそ、ワーグナーを敬愛していてもオペラや、リストが創始した交響詩を書くわけもなく、文学・物語・歴史といった要素のない交響曲をひたすら書き続けたのでした。ですから【革新派】としても異端の存在だったのです。

そして、同じく長大な交響曲を創作の中心に置いていたマーラー(1860-1911)がよく横並びで語られますが、年齢的には36歳も年下の存在。今でいえば、マーラーがITのベンチャー企業で成り上がった社長だとすれば、ブルックナーはオタク気質の小説家もしくは漫画家みたいな感じです。女性関係をみても、社交界の花形を妻に迎えたマーラーに対し、ブルックナーは26歳の頃に16歳の少女に恋して以来、幼く純真な女性だけが恋愛対象だったといいます。そして活動期間が共通するのはマーラーではなく、どちらかといえばブラームスなのです。

ブルックナーの特異性 まとめ
①作曲家を志したのがそもそも遅い。
 ⇒後述するが「40歳でデビュー、50歳で個性確立、60歳で初成功」
②ワーグナー信奉者であったのに、一部の宗教曲を除き本腰を入れて
 作曲したのは交響曲のみ。物語的な要素がない(≒ 本当に革新派?)。
③マーラーとセットで語られることもあるが、
 活躍した期間が重なるのは、どちらかといえばブラームス。


2)ブルックナーの人生、全体像を掴もう

今度は、具体的な作品に触れる前に、ブルックナーの人生を大雑把に把握してみましょう。72年の人生は交響曲の作曲を始める前の40年間と、始めた後の32年間に分けることが出来ます。

➡ブルックナーの人生72年概略
 【前半生】誕生から修行時代(1824~1863)※約40年
  ⇒当初は、父親のあとをついで音楽の先生を目指した。
  ⇒当時、地方の音楽教員は、教会のオルガニストも兼任していたため、
   オルガニストとしてのスキルも身に着けた。
  ⇒32歳の頃から、作曲家になるべく本格的にレッスンを受け始める。
  ⇒1856~63年の8年間だけが作曲家としての本格的な修行期間。

 【後半生】交響曲作家時代(1864~96)※約32年
 ・交響曲第1番~第5番(1864~76)※約12年
  ⇒5番を書き上げた以降は、度々過去作の改訂に時間を費やすように。
 ・交響曲第6番~第9番(1876~96)※約20年
  ⇒作品の長さだけでなく、作曲期間も徐々に長大化。
  (5番は1年4ヶ月、8番は4年2ヶ月、9番は5年以上かかって未完)

そもそも、本格的に作曲の勉強をはじめたのが32歳と異様に遅かったのが特殊だといえるでしょう。晩学で知られる著名作曲家は他にもいますが、チャイコフスキーは21歳頃から、ルーセルも25歳から……と比較しても、ブルックナーの特殊性は際立ちます。

しかも、その修行期間は8年間。やっと交響曲第1番を書き上げた時には39歳になっていました。しかも、それですぐにどうにかなったわけでもありません。自分の個性がキチンと確立されたのは49歳……と修行終了から更に10年間もかかっているのです。

この期間の作風変遷を聴くのは、かなり興味深く、ブルックナーが徐々に自分なりの個性を見出していく過程がうかがえます(※厳密には初稿を並べるべきなのでしょうが、今回はそこまでしておりませんことご了承ください)。下記のプレイリストを冒頭だけでも聴き比べてみれば、ブルックナーが最初からブルックナーではなかったことが分かるはずです!

※第1楽章だけを抜粋
🎵1862年/38歳頃 弦楽四重奏曲 ハ短調
🎵1863/39歳頃 交響曲第00番 ヘ短調《習作交響曲》
 シモーネ・ヤング指揮 ハンブルク・フィル
🎵1966/42歳頃 交響曲第1番 ハ短調
 クラウディオ・アバド指揮 ルツェルン祝祭管
🎵1869/45歳頃 交響曲第0番 ニ短調《無効》
 ゲオルグ・ショルティ指揮 シカゴ響
🎵1872/48歳頃 交響曲第2番 ハ短調
 リッカルド・ムーティ指揮 ウィーン・フィル
🎵1873/49歳頃 交響曲第3番 ニ短調
 ノジャー・ノリントン指揮 シュトゥットガルト放送響

いかがでしたか? 現在、実際のところコンサートで通常のレパートリーとして演奏されているのは(後に改訂されたバージョンとはいえ)、第3番以降の作品となります。こうして、続いて人気作の第4番《ロマンティック》、作曲家としての最初のピークともいえる第5番の2作を続けて書き上げてゆきます。

🎵1874年/50歳頃 交響曲第4番 変ホ長調《ロマンティック》
 ギュンター・ヴァント指揮 ベルリン・フィル

🎵1876年/52歳頃 交響曲第5番 変ロ長調
 オイゲン・ヨッフム指揮 コンセルトヘボウ管@オットーボイレン

そして第5番まで書き上げたところで、ブルックナーのその後の作曲家人生に大きな影響を及ぼす事柄が始まります。それは過去作の大改訂です。新作を書く時間を削ってまで、過去作を改訂することで演奏され、評価されることを望んでいたのです。

1876~1880年 改訂期(第1~4番)

この改訂で得た経験を踏まえて、6番以降の作品は書かれていきます。ただし質の向上と引き換えに作品完成までにかかる時間がこれ以後、益々長くなっていってしまうのです。

続いての第6番は、3番以降の作品のなかでは残念ながら演奏機会の少ない作品。そのため、熱心なブルックナー・ファンになってからでも触れるのは遅くないでしょう。

🎵1881年/57歳頃 交響曲第6番 イ長調
 ベルナルド・ハイティンク指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

交響曲第1番から20年後に完成した第7番は、ブルックナーに最初の成功をもたらします。作品の素晴らしさ、美しさもありますが、初演の指揮を務めたのが大指揮者アルトゥール・ニキシュだったことも大きな要因だと思われます。いずれにせよ60歳(初演時)にして、やっと作曲家として認められたといって過言ではありませんでした。

🎵1883年/59歳頃 交響曲第7番 ホ長調
 オイゲン・ヨッフム指揮 コンセルトヘボウ管@人見記念講堂

成功を収め、第3番以来久々に短調の交響曲として書き進めたのが第8番でした(ただし、第5番も短調が主調のように機能しているのですが)。この第8番は、今日では一般的にブルックナーの最高傑作に位置付けられています。

🎵1887年/63歳頃 交響曲第8番 ハ短調
 セルジュ・チェリビダッケ指揮 ミュンヘン・フィル@サントリーホール

1887~1891年 改訂期(第4番、第3番、第8番、第1番)

第8番を書き上げた後、再度集中的に過去作の改訂に取り組みます。その結果、第9番の作曲開始が遅れ、更には作曲自体の速度も以前にも増して遅くなったため、最後の第4楽章を完成させることなく他界。72年の生涯を閉じます。

🎵1891年4月/66歳 交響曲第9番 ニ短調を本格的に作曲開始
    94年11月/70歳 第3楽章まで完成
    95年5月/70歳 第4楽章を作曲開始
    96年10月/72歳 死去。亡くなる当日も作曲を続けていた。

現在では、第3楽章までを(シューベルトの未完成交響曲のように)演奏することが一般的ですが、たまに学者らによる補筆完成版を演奏するケースもあります。研究が進んだこともあり、近年の補筆はかなり鑑賞に耐えうるものとなっています。

🎵カール・シューリヒト指揮 ウィーン・フィル(※第3楽章まで)

🎵サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィル(※補筆された第4楽章付き/SMPC補筆完成 2011年改訂版)

ブルックナーの人生 まとめ
①第3番以降が、作曲家として成熟した作品(と一般にみなされている)
②前半…第3~5番/過渡期…第6番/後半…第7~9番
③ブルックナーと一言でいっても、雰囲気は作品によって全然違う。
 自分好みの作品を見つけよう。


3)1曲まるごとでなく、まずは楽章ごとに聴こう!

さて、ここからは、もう少し細かく作品をお聴きいただきましょう。ただ、いきなり1つの交響曲をまるごと聴くのではなく、各楽章ごとに特徴を掴むことをオススメします。そうすることで、迷子になることが減り、「長すぎる!」という不満が解消しやすくなるからです。聴きやすい楽章順に説明していきましょう。具体例に挙げたのは、交響曲第7番です。

🎵スケルツォ
 ⇒基本は第3楽章、交響曲第8~9番だけ第2楽章

 👉お薦めポイント:キャッチーなフレーズが繰り返され、
  ブルックナーの中では短い楽章となるため聴きやすい。

 👉迷子にならないために
  三部形式が組み合わされた複合三部形式
  [A-B-A] [C-D-C] [A-B-A]というシンメトリックな単純構成。
  ⇒ただし[A-B-A][C-D-C]が、それぞれソナタ形式になっており、
   BとDの部分が、それぞれAとCの展開部になっている。

実際に確認しながら聴いてみよう!
[A
39:27   40:36   41:47]
[C 42:53   43:41   44:27]
[A 45:22   46:31   47:42]

🎵第1楽章[と第4楽章]
 👉お薦めポイント:ブルックナーらしい金管楽器を中心とした
  重厚なサウンドをたっぷりと楽しめる。

 👉迷子にならないために
  第1部分第2部分で構成されており、
  楽譜ではこの間に、複縦線(二重の小節線)が書かれている。

  第1部分=提示部は、
  「主要主題」「歌謡主題」「終結主題」の3つの部分から構成

  第2部分=展開部+再現部+コーダ
  ここで軸となるのは……
  ①再現部へ向かって第1のクライマックス
  ②コーダでは終止線に向かって第2のクライマックス
  ⇒もちろん、他にも盛り上がりは作られるが、これらが核になる。

  第4楽章はこの考え方を基準にしつつ、変形させている。

実際に確認しながら聴いてみよう!
第1部分
提示部]00:06~06:30
 主要主題 00:06~/歌謡主題 02:06~/終結主題 04:42~
第2部分
展開部]06:30~11:21
再現部]11:21~15:35
コーダ]15:35~18:13

🎵緩徐楽章
 ⇒基本は第2楽章、交響曲第8~9番だけ第3楽章

 👉お薦めポイント
  ブルックナーの真髄ともいえる、内面を掘り下げるような音楽に
  触れることが出来る。金管の大音量が苦手な人は、
  第1・4楽章よりも、こちらから入るのがお薦め。

 👉迷子にならないために
  [A-B-A-B-A-コーダ]
  ⇒主となるAの部分の間に、コントラストを作るためのBが挟まれる。
  ⇒AもBも繰り返されるごとに変奏され、盛り上がっていく。

実際に確認しながら聴いてみよう!
   18:23(約4分)
   22:20(約2分半)
   24:48(約5分半)
   30:29(約1分半)
   32:07(約3分半)
コーダ 35:28(約4分)

ブルックナーの交響曲は、基本的な形が同じであるため、傾向を掴むのは他の作曲家よりも簡単。そうすれば、長さは怖くありません!


4)もっと知りたい人のために、お薦めブルックナー関連本

最後に、もっと深めて知りたいという方のために、お薦めの書籍をご紹介。タイプの異なる4冊を揃えました。

📖田代 櫂『アントン・ブルックナー―魂の山嶺』(春秋社, 2005) ※絶版
 ⇒読み物として楽しみながら、知りたい方向け

📖根岸 一美『作曲家 人と作品 ブルックナー』(音楽之友社, 2006)
 ⇒日本を代表するブルックナー研究者によるコンパクトにまとまった著作

📖レオポルト・ノヴァーク/樋口 隆一訳『ブルックナー研究』(音楽之友社, 2018)
 ⇒あのノヴァーク版のノヴァークさんが、どんな研究をしていたのか読めます。

📖ハンス=ヨアヒム・ヒンリヒセン/髙松 佑介訳『ブルックナー 交響曲』(春秋社, 2018)
 ⇒最新の研究成果を踏まえつつ、専門家じゃなくてもブルックナーの全体像を掴めるようにまとめられたもの

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