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顕在的ハッピーエンドと僕らの青
仕事終わり、映画館の帰り、少し冷えた夜。ショッピングモールの平面駐車場がやけに広く感じる。
「いやー、ぐったりしてんなぁ」
隣でけたけた笑う友人はけろっとしている。一方僕はなんだか具合が悪い。
「いやー、ぐったりするでしょ」
「俺は好きだよこの映画。まぁレイトショーでよかったかな、朝からだと和泉は耐えられなさそう」
「朝観てたら寝込んでたかもしれないね」
「運転代わろうか?」
僕は首を振る元気もなく、手を軽く挙げて制した。周りの車もいなくなりぽつんと健気に主人を待っていた愛車はすっかり冷えていた。
運転席に座り、ハンドルの上弦に額を預ける。カバーをしていないから僕の熱をゆっくり吸ってくれて心地よい。
ふーっと息を吐く。ぎりぎりまで吸わない。二時間で溜め込んだ苦しさを逃す。
友人が助手席に乗り込んできた。僕を気遣ったのかドアをそっと閉めて半ドアになり結局大きな音をたてて閉めなおす。
「なんか悪いな、俺から誘ったし」
「いや、誘いがなければ僕から誘ってたよ」
この友人とは定期的に映画を観ている。受賞で話題になった作品があればあとはどちらから声をかけるかの問題で、僕が毒気にあてられるという結果は変わらなかっただろう。
ふーん、と友人はリクライニングを倒して仰向けになる。冷たい空気とハンドルのおかげで少しずつ胸焼けの温度が下がっていく。
「こういうときだからじゃないんだけど、ちょっと楽しい話きいて」
うん、と軽快な返事をしたつもりが唸り声しか出なかった。彼はそもそも僕の返事など求めていなかったのか楽しい話は始まった。
「こないだ取引先の打ち合わせに俺と数人で顔出させてもらったの。今後の方向性についてみたいなやつ。そこで新人さんが担当してた時間があってね、資料に誤植があった。けどまぁ話の趣旨を理解してればわかる程度でさ」
手探りでスイッチを押して少しだけ窓を開けると、夜風が髪を撫でていく。心地よい。
「一区切りついた休憩時間にその新人さんの上司が俺に『分かりづらかったですね、すみません。ここなんてどういうことなんだ、よく分かりませんよね』とか同意求めてきてさ。よく分かりませんよねじゃないよ、あなたは理解できなきゃだろって腹たった」
「君はそういうの嫌いそうだね」
「そ、嫌い。そんなんあとで内輪の反省会でやれよって。分かりづらいところはなかったですか、って他社の俺へのフォローなら分かるけどさぁ、部下に責任なすりつけるとか自分は部下の資料にまで目を通す余裕がない無能ですって自己紹介してるようなもんでしょ」
声の抑揚のなさが彼の対象への興味や関心の低さ、あるいは失望を通り越した軽蔑に近い冷ややかさを孕んでいる。
「今のところ楽しい話ではないね」
「胸くそオープニングなんだよ。新人さんはレスポンスいいしがんばってるの知ってたからさ。『打ち合わせの趣旨が分かっていれば問題なく理解できますけどね』って言い返しちゃって」
「......珍しいね」
「角が立たない程度にだけどな。可哀想じゃん、上司が取引先に対して自分を貶めてるなんて。新人さんが遠くから申し訳なさそうに会釈してきていい子だなーと」
窓の隙間から入り込んで降りてくる冷気のおかげでだいぶ苦しさが紛れてきた。上体を起こして肺を夜の鋭い空気で満たす。
「もしかして楽しい話になってきてる?」
「なってきてる。元々やりとりすることあって連絡先も知ってるんだけど、その日の夕方に連絡がきてね」
「ご飯いきましょう的な?」
「いや、遠回しにそのことへのお礼と、可愛らしいお辞儀スタンプ」
「スタンプ送るの仲良しだな」
「そうなんだよ、しかもたまたまそのスタンプ触っちゃって商品名でてきて」
「うん」
「名前が『気になる人に気付いてもらうスタンプ』だったの、やばくない?」
高揚している友人の声に、こちらまでふふっと笑ってしまう。
「それはやばい」
「でしょ?気になるの状態をそんな風に相手に伝えるんだなって感心した」
「なんかあれだね、お守りの中に入れる手紙みたいな」
「あー、それっぽい。相手の行動で気持ちが明るみにでるやつね」
「すごいな、その新人さん」
「相手のリアクション見たいから遠回しなことしないんだよな、俺。相手の反応って今後の大事な判断材料じゃん。でも、目の前にいないからこそ効果的なこともあるんだなって。好意を可視化させる姿勢も勉強になった」
「営業の?」
「人間関係の」
フロントガラスはだだっ広い駐車場を見つめる僕と、夜空を仰ぐふりをしてにやけ顔を隠そうとする友人とを映し出している。
「話変わるけどさ、おすすめの曲があって」
話変わってしまうのか。もう少し彼の珍しい反応を見たかった、なんて考える余裕ができるくらいには具合が良くなっていた。
それが彼の狙いだったならたしかに話が変わるタイミングだ。
「だれの曲?」
「Mrs. GREEN APPLE」
「インフェルノの人たちか」
「そそ。最初は若くて活力あるバンドだなぁ、くらいの印象だったんだけど、ライブ行って一変したわ。あの人たちはライブの方がうまいのか、それとも俺がちゃんと聴けてなかったのか」
「へー。君がライブ行く時点でだいぶ好きなのにそこからさらに上がったんだね」
「ほんとだよまじで。勘弁してくれってくらい良かったわ」
彼は大きくため息を吐いた。
わけのわからない愛情表現こそ愛に相応しいな、なんて返そうとしてやめる。彼の愛が理解し難いのは他人だからであって是非ではない。裏返した愛情表現は醜く、肯定されるのは差異であり分かりづらさではないはずだ。
「たった数時間なのにめっちゃ元気もらえてさー。世界が明るいんじゃなくて、世界の明るいところに目を向けようって感じで地に足ついてて好きなんだよな」
彼はがばっと起き上がる。僕はそっとスイッチを押して窓を閉めた。たった少しの隙間が塞がるだけで、僕らの声は相手に届きやすくなる。
「その考えは好きだな。世界は愛に満ちてるって歌われても僕にはしっくりこないから」
「『幸せな時間をどれだけ過ごせるかは微々たるものでも愛に気付けるか。さぁ試されよう』とか最高じゃない?まじで聞いてみて」
「ありがとう。聞いてみるよ」
ささやかな幸せを大切にするような生き方を笑われたことがある。
笑われてよかったんだ。滑稽に見える程度には僕の姿勢は完成していた。
誰かに対して試し行動をするよりは自ら行動して好転しないか試した方が、たしかに効率的かもしれない。
「一眼レフ買おうかな」
「お、いいじゃん。急だな」
「僕の、そうだな、幸せってほどじゃないけど、視界をかたちにしてみようかと」
「いいねぇ。撮ったら画像送って」
「気長に待ってて」
彼が背もたれの位置を戻したので、僕はエンジンをかけた。
***
Mrs. GREEN APPLE『StaRt』作詞・大森元貴
こんにちは。幸村です。
友とコーラシリーズ6作目?倍近く書いてるような気持ちです。
和泉くんと高良くんが観た映画の感想は近々更新します。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。